国府田 淳
(クリエイティブカンパニーRIDE Inc.Founder&Co-CEO、4P's JAPAN Inc. CEO[Pizza 4P's Tokyo@麻布台ヒルズ])
気候変動、戦争、格差、パンデミック、ストレスや精神疾患の増加など不確実性が高まり、心安らがない状況が続く昨今。外的な要因に振り回されずに地に足をつけて生きたい、今後のビジネスや生活を支える羅針盤を手に入れたいと考えている方は多いと推察されます。
そんな時代だからこそ、原始仏教がますます有用になるのではないでしょうか。私は日々のビジネスシーンや生活の中で、それを実感しています。
本連載は原始仏教とビジネスの親和性を描くことで、心のモヤモヤや不安を和らげる糸口を見つけてもらおうという試みです。(筆者)
第14回 ビジネスにもコンパッションが溢れる世界へ向かって①
1 成果が出る慈悲慈愛のリーダーシップ
2024年10月に行われた国内外から禅とマインドフルネスのエキスパートたちが集う国際カンファレンス「Zen2.0」にて行われた、Googleのマインドフルネスプログラム「サーチ・インサイド・ユアセルフ」を開発したチャディー・メン・タン氏と丸井グループ 代表取締役社長CEO 青井浩氏のトークセッションの記事をForbes JAPANに寄稿しました。
その中でチャディー・メン・タン氏はリーダーにとって重要なことは、大変な修羅場の中でも穏やかに考え、共感や寄り添う力を未来の希望へ繋ぐことだと語り、アメリカ軍がイラクを制圧した際の話をシェアしてくれました。メン氏によるとバグダッド市街を重装備のアメリカ軍兵士が歩いていた際、憤慨したイラク人たちがアメリカ軍兵士を取り囲んだところ、アメリカ軍の指揮官が兵士たちに「笑いかけなさい」と指示したことで場の緊張が解け、争いにならなかったそうです。さらに青井浩氏はマインドフルネスを経営に取り入れることで、長期にわたる経営危機から脱した話をシェアしてくださり、慈悲慈愛=コンパッションをリーダーシップに活かし、生死の苦境を乗り越えた実例を示してくれました。
慈悲慈愛のリーダーシップ、コンパッションを活かしたマネジメントと言えば聞こえが良く、そんなリーダーがいれば理想だと思う反面、時代の移り変わりが激しく、戦々恐々とした昨今のビジネス界において、そのようなリーダーは果たして成果を出せるのかと思う方も多いでしょう。しかしながらお二人の話は、まさに慈悲慈愛のリーダーシップが成果に直結した事例であり、コンパッションがビジネスに有効であることを裏付けていました。ちなみにメン氏によると「自分自身を穏やかに保つ」「相手に淀みない共感を送る」「相手の苦しみに寄り添って助ける」という3つの要素を持ち合わせているのが慈悲慈愛のリーダーであるとのことです。その言葉を胸に、以来、私も普段から心掛けるようにしています。
2 あらためて「コンパッション」の意義を確認
原始仏教でも大乗仏教でも、仏教における最終的な目的は「智慧」を身につけ、「慈悲」の心で生きることです。まさに「苦」への対処、コンパッションの醸成であり、結局はすべてここに行き着きます。この連載も、仏教において究極の目的とされる慈悲=「コンパッション」に焦点を当てて締めくくりたいと思います。
「コンパッション」は皆さんご存じの通り、生きとし生けるものの幸せを願う気持ち、人や物事、社会、地球にやさしく寄り添うあたたかい心のことで、日本語では「慈悲」です。同じような意味合いとしては「愛」が一般的で、普段それほど使わない言葉だと思います。でも意味を知ると、これは人々のウェルビーイング、地球の持続可能性にとって、絶対に必要な普遍性を持つものであり、生きる上で一番大事といっても過言ではないものでしょう。
ここからは説明の便宜上、コンパッションでなく日本語の「慈悲」に言葉をいったん戻し、ブッダや仏教の思想を参考にしながら、コンパッションの意味を深掘りしていきたいと思います。
慈悲は、慈=「与楽」、悲=「抜苦」とされ、抜苦与楽(ばっくよらく)の心と言われています。
慈=与楽
慈しみを指し、すべての人、物事に幸福を与えたいという心の働き。
悲=抜苦
憐れみを指し、苦しみを取り除いてあげたいという気持ちの働き。
※大乗仏教ではたまに慈=抜苦、悲=与楽と、全く逆の解釈もありますが、ここではもともとの解釈を採用しています。
生きとし生けるものに幸福を与え、苦しみを取り除き、何一つ分け隔てのない広くあたたかい心で、世界の平和を実現させようという働きかけが慈悲です。無償の愛、無条件の愛などとも言われますが、仏教では渇愛、愛欲、愛執など、「愛」は煩悩として扱われることもあるので、愛を使わずに理解するのがよいと思います。
ブッダは慈悲の働きかけを分かりやすく「慈・悲・喜・捨」の4つに分類して説明しています。これを「四無量心」といいます。
慈無量心(慈しみ) 他者を幸福にしてあげたいと願う心。
悲無量心(憐れみ) 他者の苦しみをなくしてあげたいという心。
喜無量心(喜び) 他者の幸福を共に喜ぶ優しい心。
捨無量心(平静) 執着を捨て、何の分け隔てもない心。
四無量心で慈悲の働きを捉えると、最初の2つは慈と悲なので抜苦与楽と同じ意味で、それに加えて人や物事への共感を示す「喜」と、自分の考えを捨てて物事を客観的に観察してフラットに見ようという「捨」が加わり、より立体的に慈悲の感覚をつかみやすい気がします。「無量」とは計り知れない、広大無辺を意味しますので、慈悲の壮大な広がりや力、重要性を感じさせます。
一つ一つは非常に分かりやすく、人を幸せにしてあげたい、困っていたら助けてあげたい、応援してあげたい、色眼鏡で物事を見ないなど、基本的にすべて激しく同意する内容です。しかしながら実際のところは、人の不幸をネタにしたり、自分がいっぱいいっぱいで助けてあげられなかったり、人の善を嫉妬や妬みで素直に喜べなかったり、自分の思考の癖が抜けなかったりなど、そうそう完璧に実践できないというのが現実だと思います。
私は頭では分かっていても、常にネガティブな感情は湧き上がるので、何度も何度も立ち返りながら、少しずつ自身の心の動きを四無量心に近づけていかなければ、慈悲を身につけ実践することはできません。
撮影=国府田淳
3 多くの研究で慈悲の瞑想の効果が証明されている
アメリカでは、慈悲の瞑想が不安やうつなどのネガティブな感情を減らすことができるという幾つかの研究結果があります。イェール大学医学部による研究によると、慈悲の瞑想をしている人としていない人とでは、慈悲の瞑想をしている人の方が、苦しみに対する感受性が軽減されていたり、苦しみに対する視覚的な反応力がアップしたり、主観を示す後帯状皮質の働きが鈍化して他人への共感性が高まるなど、さまざまなポジティブな効果が報告されています。
またうつ症状の軽減、偏頭痛や肩痛といった慢性的な痛みの軽減、細胞の老化を防ぐなどといった研究結果もあります。現時点ではまだまだ研究の規模が小さいため、今後さらに研究が進み、素晴らしい効果が発見される可能性があります。
さらに慈悲には自己肯定感を高め、孤独感を払拭する力があるとされています。他人の幸せを願い不幸を取り除こうと思考し続けることで、自分の幸せや不幸に対する認識力が高まり、自己理解が深まるので心が安定します。また他人が同じような幸せや不幸を感じているのだと気づくことで、自分は一人じゃない、みんな同じようなことで喜んだり、悲しんだりしているのだと勇気づけられるというのです。
これらの結果は、コンパッションがいかにヒューマニティに磨きをかけるか、ウェルビーイングに役立つかを実証しています。
<参照>
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4055184/
日本でもまだまだ少ないながら、慈悲の研究結果がいくつか発表されています。人の運を心理学的なアプローチで証明しようとした、京都大学大学院工学研究科教授 藤井聡氏による「認知的焦点化理論」というものがあります。これは人が心の奥底で何に焦点を当てているのかによって、その人の運の良し悪しが決まるという考え方です。この研究によると、利己的な人ほど幸福度が低く、利他的な人ほど幸福度が高かったといいます。つまり慈悲を発動させている人は、幸福度が高く、運が良いということになります。
筑波大学名誉教授 村上和雄氏による、密教仏教僧侶と一般人の遺伝子の比較を行った研究では、僧侶群に慈悲の心に通ずる共感性と関連する「抗ウィルス性遺伝子」と「血中代謝物マーカー」が見出され、慈悲が免疫機能の強化につながるという結果を発表しています。慈悲が病気の抑制に繋がるとしたら、今後ますます高齢化が進む日本において、その価値はいっそう高まるでしょう。
<参照>
https://www.clarenet.co.jp/column/blog/archives/16924
https://humgenomics.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40246-017-0117-3
4 慈悲の力を身につけることができる慈悲の瞑想
素晴らしい影響力を持つ慈悲を身につけるために、何をすれば良いのでしょうか。その具体的な実践方法の一つが「慈悲の瞑想」です。生きとし生けるものの幸せを願う慈悲の瞑想によって、自己と他者、主体と客体を分けて考える思考を解かすことで、自分も他人も関係なく大切に思う「自他不二」の境地に達するとされています。単にあたたかく、やさしい心を育むだけではなく、「縁起」という真理に触れる機会になります。
慈悲の瞑想はヴィパッサナー瞑想の準備段階で行われるものですが、慈悲の瞑想だけに取り組むこともできます。私は山下良道先生に教わったメソッドがシンプルで取り組みやすく、効果も高いので、好んで行っています。時間がない時は、「生きとし生けるものが幸せでありますように」とだけ唱えることもありますが、これを数回、思いを馳せながらやるだけでも、心がすっきりと軽くなる感覚があります。毎日生きとし生けるものの幸せを願えば、それが習慣となり、やがて人格となり、その人のオーラとなって滲み出てくるだろうとも思っています。
ただ、長年実践していますが、なかなか難しいというのが正直なところです。どうしても苦手な人のしあわせを願うところは、過去の嫌な思い出がまとわりつき、純粋な気持ちで念じることができません。また慈悲の瞑想をやらなければ思い出すこともないのに、やれば思い出して苦しくなるので、そのパートを飛ばしてしまったり…。私は割と“過去は過ぎ去った存在していないもの”という認識が強く、思い出話をすることも少ないのですが、それでもネガティブな感情はなかなか拭うことができません。今後も継続して実践し、克服していきたいと思います。
第15回に続く
第13回 2600年前からあった、ビジネス上のアクションの指針④
第15回 ビジネスにもコンパッションが溢れる世界に向かって②(2025年12月13(土)公開)


