アルボムッレ・スマナサーラ(テーラワーダ仏教(上座仏教)長老)

Suttanipātapāḷi     5. Pārāyanavaggo     10. Kappamāṇavapucchā 
※偈の番号はPTS版に準ずる。(    )内はミャンマー第六結集版の番号


一流の学究者16人と、智慧の完成者たるブッダの対話によって導かれた真理を、スマナサーラ長老が現代的に解説していくシリーズ。今回は10人目となるカッパ仙人とお釈迦様の対話をお届けします。全5回の第4回。


第4回:質疑応答①仏教の「老」の定義


■質疑応答1    仏教は「老」をどう定義するのでしょうか?

参加者    先生、質問です。老衰の「老」とは、仏教では、具体的にどういう意味なのでしょうか?

スマナサーラ    老という単語を使うのは、時間で考えれば瞬間瞬間、過去の瞬間があって、今の瞬間があるのです。過去の瞬間の現象が、今の瞬間でもまるっきり同じだったら、時間が過ぎ去ったということは設定できなくなります。時間というのは観念ですからね。現実に時間はないのです。時間というのは計算の結果に過ぎません。瞬間過去の現象があって、今の瞬間の現象がある。同一ではなくて、変わっている。その変わったところが「老」なのです。今の瞬間の現象があって、次の瞬間の現象に移る。これを次の瞬間の現象であると言うためには、なにかと比較しなくてはいけない。比較したら「ちょっと変わった」というなにかの答えがあるのです。その変わったところに「老」という。これがアビダルマ的な答えです。

参加者    その場合は良く変わるか悪く変わるかということは関係ないのですか?

スマナサーラ    関係ないです。

参加者    変わることを「老」という言葉で表したということですか?

スマナサーラ    たとえば、生から死まで見ると、秒単位で生命体が変化し続けていくのです。でも、我々は生まれてから30年経つくらいまでは、変化が嫌だと思いません。30年間に無数の、激しい変化があるのです。瞬間、瞬間、瞬間、変化する、変化する、変化する。でも、私たちは「よかったね、あなた大きくなって、背も伸びて体力もついて、頭も大きくなっちゃって」など、いろいろ喜んでいる。でも、一貫して同じスピードで変化しているのです。そこで、35、40、50……と歳を重ねると、我々の主観からは褒められなくなってしまう。そういう主観的な良し悪しの価値判断なく、過去の瞬間から今の瞬間を比較してみると、変化が「老」ということなのです。

参加者    そうしたら相対性が「老」ということなのでしょうか?

スマナサーラ    相対的に見なければ「老」ということは出てこないのです。だから「私は年を取った」と言った瞬間、なにかに相対して言っているでしょう?    比較するものがなければ言葉が成り立たないからです。老いるにつれてどんどん、ひどくなるのだとか、そういうことはないのです。なぜ、そう思ってしまうのかというと、比較対象があるからです。この方の頭の中で、たとえば10歳から20歳まではゆっくりと進むのだとか、60歳から70歳までは速いとか。実際には、どんどんひどくなるわけでもないし、突然ひどくなるわけでもありません。普通にある自然法則、地球の自転みたいな感じで、普通に老いていくのです。
    老・死の「死」というのは、そのシステム、組み立てている仕組みさえも耐えられなくなってしまって、壊れてしまうことです。

参加者    ということは、子どもが大人になる、成長していくということも老ですよね。

スマナサーラ    そうです、そうです。

参加者    すべて老なのですよね、生まれてから死ぬまで。

スマナサーラ    その通りです。

参加者    でも私たちは概念で、なんか大きくなることを成長というふうに名付けて老いるという概念を当てはめていないという、それだけなのですね。

スマナサーラ    それだけです。だから比較する対象によって「ひどい」と言うことも、「よかった」と言うこともできる。だから、対象を取って比較するときは気をつけなくてはいけません。なぜならばどうせ相対的世界だから、比較そのものが当てにならない場合もあるのです。

司会    先生、今ちょっとカンニングしたのですけど、十二因縁を解説したサンユッタニカーヤの『Vibhaṅgasutta(ヴィバンガスッタ):分別経』では、老について、「それぞれの衆生のそれぞれの部類における老い、老衰、歯の棄損、白髪、シワがよること、寿命が減っていくこと、感覚器官が衰えていくこと……」というふうに即物的というか具体的に……

スマナサーラ    そこは具体的に書いています。

司会    その定義だと、本当に身体が衰えていくことを「老」というふうになるのではないかと思います。

スマナサーラ    それは、真理として語る場合と、説法でなにかに比較してわかりやすく語る場合と、スタンスが二つあるからです。たとえば、歯が抜けることを言うことで「ああ、それが老ですか」と理解してもらえばよいのです。髪の毛が抜けることや白くなることとか、シワが出てくることとか。それは、比較することでわかる「老」です。かつてシワがなかった自分の肉体と、今現在、シワが出てきた自分の肉体を比較する。若者であっても、今はシワがないのだけど、あとでシワが出てくるでしょう。そうやって、「老」は対照的に理解しなくてはいけないものなのです。Vibhaṅgasuttaでは、そうやって同義語をダラダラダラッと並べています。
    死の場合でも同じことでしょう?    同じ経典の「死」のくだりを読んでみてください。死ぬことやら遺体のことやらを、いろいろな言葉でわかりやすく書いていると思います。
    今日の話では、そういう比較の世界を離れて、真理のところを精密な理論で見てほしかったのです。
    それから、もう一つポイントがあります。たとえば「歯が抜けること」が老衰だと言ってしまうと、歯がぜんぶそろっている若者は「ああ、私はまだ老いてない」と思うのです。その気持ちは、yobbanamado(ヨッバナマドー)青年の驕慢(きょうまん)と言います。先ほどの私の説明で「老」を理解すれば、そのような青年の驕慢は生まれないのです。
    とにかく、機能として精密に真理のところから見てみましょう。現象は瞬間瞬間、変化します。そこで、前後で二つの現象を取って比較するのです。二つの変化を見ると、時間が成り立ってしまいます。時間とは計算できるものだからです。一つの現象があって、次の現象がある。それを相対的に見ると、二番目の現象には、一番目の現象にあったものがない。だから、その変化に「老」と言うのです。こうやって説明するならば、答えは「変化が老」「無常すなわち老」になるのです。スタート時点と終わる時点を比較して、終わった時点を「良い」と判断した場合には、その変化にみんな喜んでしまう。先ほども言ったように、若者に起こる変化ならば、みんな喜ぶのです。「元気な人間」という妄想概念を作って、それに対照して人間の変化を見ると、まあ40歳までは素晴らしい無常で、40歳からは面白くない無常というふうに言えることになります。
    このように、言葉というのはどうにでも使えるのです。

(第5回につづく)


2017年11月10日    ゴータミー精舎での法話をもとに書き下ろし
構成    佐藤哲朗


第3回:命の真理を知って、悪魔に打ち克つ
第5回:質疑応答②時代に応じた説法~まとめ


お知らせ

アルボムッレ・スマナサーラ[著]
『スッタニパータ    第五章「彼岸道品」』
紙書籍のご紹介


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今後の続刊に収録する法話を、『WEBサンガジャパン』で連載していきます。
『第三巻』の刊行をご期待いただくとともに、『第一巻』『第二巻』もどうぞお買い求めください。(サンガから刊行した『第一巻』『第二巻』は数に限りがございますので、お早めにご注文ください)

一流の学究者16人と、
智慧の完成者たるブッダの対話によって導かれた真理を、
鮮やかな現代日本語でわかりやすく解説する。

第一巻
Ⅰ    アジタ仙人の問い
Ⅱ    ティッサ・メッテイヤ仙人の問い
Ⅲ    プンナカ仙人の問い
Ⅳ    メッタグー仙人の問い

第二巻
Ⅴ    ドータカ仙人の問い
Ⅵ    ウパシーヴァ仙人の問い
Ⅶ    ナンダ仙人の問い
Ⅷ    ヘーマカ仙人の問い


【以下、第三巻以降に収録予定】

Ⅸ    トーデイヤ仙人の問い
Ⅹ    カッパ仙人の問い
Ⅺ    ジャトゥカンニン仙人の問い
Ⅻ    バドラーヴダ仙人の問い
XIII    ウダヤ仙人の問い
XIV    ポーサーラ仙人の問い
XV    モーガラージャ仙人の問い
XVI    ピンギヤ仙人の問い




『第一巻』『第二巻』は「サンガオンラインストア」と「Amazon」で販売しています。販売ページのリンクをご紹介します。


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 スッタニパータ    第五章「彼岸道品」
第一巻


アジタ仙人の問い/ティッサ・メッテイヤ仙人の問い/
プンナカ仙人の問い/メッタグー仙人の問い

アルボムッレ・スマナサーラ[著]





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スッタニパータ    第五章「彼岸道品」
第二巻


ドータカ仙人の問い/ウパシーヴァ仙人の問い/
ナンダ仙人の問い/ヘーマカ仙人の問い

アルボムッレ・スマナサーラ[著]