〔ナビゲーター〕

前野隆司(慶應義塾大学)
安藤礼二(多摩美術大学)

〔ゲスト〕
朝野倫徳(阿弥陀寺)
長澤昌幸(長安寺)

慶應義塾大学の前野隆司先生(幸福学研究家)と多摩美術大学の安藤礼二先生(文芸評論家)が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画、「お坊さん、教えて!」の連載第6回は、時宗の朝野倫徳さん(阿弥陀寺)と長澤昌幸さん(長安寺)をお迎えしてお送りします。


(6)大乗仏教とテーラワーダ仏教


■お釈迦様以降の悟り

朝野    過去の「お坊さん、教えて!」を見ていましたら、「大乗仏教とテーラワーダの違いについて教えてください」という質問がありました。これは我々が所属している浄土教の教団にも直接つながっている話なので、いい質問だと思いました。実際わかりにくいですよね。

前野    ぜひその答えを教えてください。

朝野    答えというか、捉え方ですよね。人によって考えが違うと思うので。
    我々大乗仏教に所属している者の一番大事な、根っこに当たる方は、ナーガールジュナという方です。ナーガールジュナとは龍樹菩薩(りゅうじゅぼさつ)という2世紀のインドの大学者ですが、その方が大乗仏教の根っこを作って、それ以降、大乗仏教がいろいろな国へと渡っていくこととなりました。
    「お坊さん、教えて!」のこれまでの回でも言われていたように、「仏教」というのは「仏が説いた教え」であり「仏になるための教え」です。釈尊の時代の原始仏教は、「私はこういうことをしたら仏になれました。皆さんにも仏性があります。同じようにやれば仏になれます。皆さんも私の境地まで来てください」というものだったと思います。
    そして時を経て2世紀、お釈迦様の没後およそ700年後に登場したナーガールジュナは、お釈迦様と同じ修行を行います。ところがいくら修行をしても、お釈迦様のような悟りを開くことができません。ナーガールジュナはふと思います。よくよく考えてみたら、お釈迦様以降700年、誰一人として悟りの境地に行った人はいないじゃないかと。
    その後、お釈迦様の時代から2500年経ちましたけど、今なおお釈迦様の境地に達した方は一人もいないのは皆さんご存知の通りです。

前野    そうなんですか。知らなかったです。

朝野    そうですよ。中には「自分はお釈迦様の境地に行った」と自己申告される方がいらっしゃるかもしれませんが。


■不安な日本人にぴったり合った大乗仏教

朝野    お釈迦様は、我にとらわれていること、つまり我執(がしゅう)が苦しみを作ると言いました。しかし、本当に我はあるのだろうかとナーガールジュナは考えました。よくよく分解していったら我はないのではないか。自分というものはないのではないか。つまり、我にとらわれるというのは、間違っていることなのだ。このようにして大乗仏教は成立していきました。そして死後の世界にも言及していくことで、だんだんと宗教らしくなっていきます。
    おそらくお釈迦様は「宗教」を作るという考えはなかったのではないかと思います。一切皆苦と抜苦与楽。この世は苦しみに満ちているけれども、その苦しみから抜け出す方法がある。つまり哲学と、もう一つは心身操縦法ですね。自分の能力を活性化していって悩みから離れていくというような瞑想中心の方法論。それがお釈迦様の時代の仏教ではないかと多います。
    一説によると4、5世紀くらいには、お釈迦様の方法で勉強をしている人たちのあり方があまりにも庶民と乖離してしまって、それが後々、仏教がインドで滅びるきっかけにもなったようです。
    ミャンマーやタイなどでは、現在もお釈迦様が説いた教えに近い形で仏教が残っています。私の時宗の友人がミャンマーのテーラワーダの修行道場でしばらく修行をしていました。彼が言うには、ミャンマーではお坊さんに限らず、一般の方もお寺で修行をされているのだそうです。上座部ですので、修行の目的は誰かの救いのためにではなく、完全に自分の抜苦与楽であるとも言っていました。
    90%以上が仏教徒ということもあり、そのように出家・在家を問わず、自分の苦しみから離れるために道場で瞑想するというお稽古が当たり前のように行われている。そういうことを教えてもらって、ミャンマーなどの国では、いまだに心身操縦法としての釈迦の仏教が脈々と残っているのだと知りました。
    大乗仏教になると、「自分の苦しみから離れるため」だった目的が少し違ってきて、周りの人も一緒に救われないと意味がないじゃないか、という「救い」の概念が入ってきます。

前野    私は以前、スマナサーラ長老と対談をしたことがありまして、テーラワーダは自分の苦しみから離れるためなのか、みんなを救わないのか、そういった疑問を投げかけましたけれども全部違うと言われました。ですから、これについては違う考え方もあることを理解する必要があるだろうと思っています。スマナサーラ長老は、悟りも簡単なんだと仰っていました。簡単とまでは表現されていなかったかもしれませんけど。
    上座部仏教はインドがルーツですから「悟りというのは無だと気付くことですよ」とシンプルかつ論理的です。それに対して、龍樹の「そう簡単には悟れないじゃないか」という疑問から出てきた大乗仏教は、日本の人――実は日本人は自己肯定感が世界のなかでも低いのですけど――にぴったりな宗教として広まったのかなと個人的には思っています。日本の大乗仏教の宗祖の方々もみんなその思いがあって、それが活動の原動力となっていたように思います。

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前野隆司先生(撮影=横関一浩)

■宗派の数が多い日本の大乗仏教

朝野    以前、チベット仏教の修行をしていた友人が言うには、チベット仏教では出家者と居士(在家で仏道を歩む人)の修行が分かれていて、居士の場合は結婚し、できれば子どもを持って、一家の長として家族と仲良く睦みながら仏道修行に励むことを推奨されるのだそうです。
    家族を持っている日本のお坊さんは、チベット仏教のお坊さんから見ると、みんな居士のように見えるようです。しかし在家仏教、家庭仏教こそが日本の仏教で、それゆえの良さがあるではないかと私は思います。
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「日本仏教は、家庭仏教であることが素晴らしい」と仰る朝野倫徳さん。ご家族と共に
(写真提供=朝野倫徳)

前野    私もそこが日本仏教の良さだと感じておりました。ということは、同じ大乗仏教と言いつつも、日本の仏教と、チベット仏教、ベトナムに残っている仏教などはかなり違うととらえてよいのでしょうか?    龍樹がルーツであるという意味では、全部大乗仏教だけれども、その伝わり方や経緯によってかなり違うと。

朝野    そうですね。どうしてもその国の土着のものと結び付きますから。

前野    私は最初、中村元先生の本などで原始仏教を勉強していまして、シンプルでわかりやすかったので原始仏教が大好きになりました。それに対して日本仏教は念仏を唱えたりして、なんで仏教じゃない変なことをしているのだろうと、正直、最初は思っていました。
    しかし学んでみるとものすごく深いんですよね。救われない人をも救うんだという阿弥陀如来の教えなんていうのは、ものすごく複雑で深くて。
    でもそれが簡単には理解できないがゆえに、日本仏教が世界でのなかでもわかりにくいと捉えられているように思うのですが、いかがですか?

長澤    大乗仏教というのはみんなが一緒に悟りへ向かっていく教えである。そこは共通しているけれども、悟りへ向かっていく方法がそれぞれ違っている。そこが宗派を分けていく要因にもなっていると思いますが、日本ほど宗派が分かれている国は他にはないのではないかと思います。
    ただ、もともと江戸に入るぐらいまでは、宗派にそれほど垣根はなかったようです。時宗の信者層には、時宗だけではなく浄土宗の方や真宗の方もいらっしゃいましたし、一遍上人は今でいう真言律宗(しんごんりっしゅう)の叡尊(えいぞん)や忍性(にんしょう)、いわゆる律僧の人たちとも協合(きょうごう)していました。それが、江戸時代になって檀家が作られていく。宗派が分けられていく。明治になってまたいろいろあって、宗教法人法ができて、そのようないろいろな歴史的な政策を経て、今のように数多くの日本の宗派ができた、そのように考えられています。
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■観阿弥、世阿弥と時宗の関係

──観阿弥、世阿弥の戒名は時宗の法名と聞きました。観阿弥、世阿弥時宗の人だったのでしょうか?

長澤    観阿弥、世阿弥という表現は実は間違っていまして、正しくは観阿(かんあ/かんな)、世阿(ぜあ)、あるいは観阿弥陀仏(かんあみだぶつ/かんなみだぶつ)、世阿弥陀仏(ぜあみだぶつ)です。国文学の先生方が他の同朋衆(どうぼうしゅう)の阿弥衆(あみしゅう)に引っ張られて、観阿弥、世阿弥という表現をとられて、それが一般化してしまったのではないかという説があります。
    時宗との関係をうかがえる資料は残っていますので、おそらく結びつきはあったのではないかと言われています。ただ、当時はそんなに「この人は何宗の人」「あの人は何宗の人」と明確に分かれていた感じではなかったので、お二人もいろいろな宗派や宗教、神社も含めて、さまざまなものと結びついていたのではないかと思います。

朝野    時宗で受戒すると「○○阿弥陀仏」という名前が付きます。お坊さんの場合ですと「○○阿」と言います。今のお上人は他阿弥陀仏ですから「他阿(たあ)」です。私の場合は仁阿弥陀仏という名前ですので、「仁阿(じんな/にあ)」です。
    一遍上人の旅には、阿弥衆と呼ばれるテクノクラート集団が同行していたのではないかと言われています。彼らはお坊さんではないので「○○阿弥」と名乗っていましたけれども、お坊さんは「○○阿弥陀仏」で「○○阿」となりますから、観阿弥陀仏、世阿弥陀仏の場合も「観阿弥」「世阿弥」ではなく、「観阿」「世阿」となるのが正しいというわけです。

(つづく)



(5)踊り念仏と時宗
(7)日本仏教の素晴らしさ