松本紹圭(僧侶)
熊谷晋一郎(東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野准教授)


「未来の住職塾」塾長でもあり、現在「産業僧」事業に取り組む松本紹圭氏がホストを務め、さまざまな分野における若きリーダーと対談し、伝統宗教を補完するような新しい精神性や価値観を発見してく「Post-religion対談」。今回は松本紹圭氏のたっての希望で実現した、東京大学准教授の熊谷晋一郎先生との初対談をお届けします。


第3話    個人は本来「目的そのもの」


■1年目の壁と2年目の救い

熊谷    私はいま「働く場に当事者研究を持ち込むとどうなるだろう」という研究を始めています。私自身もけっこう仕事で苦労をしまして、私は最初、小児科の医者をやっていたんです。今も細々とやっていますけれども、特に最初の1年は研修医としてすごく苦労しました。
    誰だって新人の頃というのは一定確率、しかも高確率で失敗をします。そして、失敗を肥やしにしながらだんだんと一人の職業人として成長していく。どの職業でもそうだと思いますが、私の場合はそれがうまくいきませんでした。失敗したときのインパクトが大きいんですよね。障害のない研修医が失敗したときと、手足が不自由な研修医が失敗したときでは後者のほうがやっぱりおおごとになりやすいわけです。
    親御さんの気持ちも痛いほどわかりましたし、担当を外されるということも当然起きまして、「私」という存在が仕事の場面に入るのは正義ではないのではないか、ということまで思い詰めました。
    思い出すだけでもぞわっとします。全身の免疫力が落ちて、皮膚からカビが生えたり熱が下がらなくなったりして、本当に具合が悪くなってしまったのが1年目でした。

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熊谷晋一郎先生
    それが2年目になって違う病院に移り、ガラッと状況が変わりました。その病院というのはとにかく忙しい野戦病院のようなところで、圧倒的な仕事量の前に全員が「自分は無力だ」ということに気がついていたのです。ある意味では全員障害者といいますか、自分一人では仕事がこなせないということを自覚している職場でした。