石川勇一(臨床心理士、公認心理師、相模女子大学人間社会学部人間心理学科教授、行者)
第5話 還俗~聖なる日常から俗なる日常へ
■29.還俗は葬式
還俗式は出家式よりもずっと簡素なもので、あっという間に終わりました。式の後、クムダ・セヤドーより二つのアドバイスをいただきました。一つは、あなたの今の定力(じょうりょく、瞑想の能力)を保つためには、毎日最低2時間の瞑想を続けることが必要だということでした。二つ目はとても有り難いお知らせで、日本から僧院に電話をすれば、週一回瞑想指導を継続するので、このまま修行を続けるとよいでしょうといってくださったのです。私はセヤドーからの二つのアドバイスを有り難く受け止めたと同時に、果たして日本で仕事をしながらこの深い瞑想を続けることが可能だろうかという思いもよぎりました。
それはさておき、久しぶりに洋服を着て、「ああ、世俗の人間に戻ってしまった」と思いました。自分の人生が終わって死を迎えるのに少し似た感覚です。還俗式は葬式に近いものだと思いました。日本人の比丘たちが見送りに集まってくださいました。その時撮った写真は残念ながら掲載許可の確認が取れないので掲載できないのですが、それを見返すと、比丘たちへの感謝の念が今でも強く湧き上がり、充実した修行の体験も心によみがえり、自然と微笑んでしまいます。
比丘たちに見送っていただき、手配したタクシーで僧院を後にすると、ヤンゴンの空港に向かいました。陽気なタクシーの運転手は、私が日本からきて出家修行をしてきたと知ると、さらに上機嫌になって片言の英語で「ベリー・ナイス、ベリー・ナイス」と連発してサムアップしてくれました。私の短期出家修行の完了を祝福されたような気がして、明るい気持ちにしてくれました。