熊野宏昭(早稲田大学 人間科学学術院教授)   
小川晋一郎(株式会社Halali 代表取締役)

第2回    デジタルの可能性


■意外とうまくいくオンラインカウンセリング

──熊野先生は最近、カウンセリングをZoomを使ってされていると伺いました。オンライン化によって、新しく気づかれたことや、わかったことを教えてください。

熊野    以前からオンラインでのカウンセリングは行われていましたが、私自身はやったことがなく、ずっと関わりのない領域でした。
    しかし2020年の3月、新型コロナのパンデミックで状況が一変しました。一緒にやっている心理士たちに「ああ、そこ触っちゃダメ」とか「手を洗って」とか、そういったことを言い続けることにも限界がありましたし、クリニックにいてもらうのがだんだん心配になったんですね。院内感染が心配で。カウンセリングの場合、狭い空間で1時間ぐらい話しますので、万が一にでも感染が起こったら大変だということで全部Zoomに変えたんです。
    今も一緒に働いている心理士の人たちは、全部Zoomでカウンセリングをしています。一番驚いたのは、それでもけっこううまくいくということです。対面でやっていたのと遜色ないぐらいの効果が出ています。
    当初はオンラインだと視覚と聴覚の情報しか使えないのでうまくいかないのではないかと想像していたのですが、それがうまくいくということは「身体感覚が働いている」ということなんですよね。オンラインでも身体感覚を通して、いろんなことを感じ取っているのだということが見えてきて、それがあるからこそカウンセリングが成り立つのだということがわかってきました。

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熊野宏昭先生

■身体感覚を通じて他者を理解する

熊野    身体感覚というのは、対面でやるときはすごくわかりやすいんですよ。たとえば私がある部屋にいて、誰かが「こんにちは」と言ってその部屋に入ってくるとします。その段階で、相手の方が緊張しているとすぐわかります。その方の体が緊張しているからです。体が緊張して居心地が悪そうな感じが伝わってきて、その方が緊張していることがわかります。
    それは自分の身体感覚を通してわかるんですよね。つまり、自分もスッと緊張するわけです。自分の身体感覚を通して相手のことが理解できたり、相手と自分との間で起こっていることが理解できたりするのですが、それがZoomでも可能なんです。これはなんかすごいことなんじゃないかと思いました。
    その後、能の先生とも身体感覚の拡張のお話をしましたら、「Zoomで話をしている相手とも身体感覚を共有できているはずですよ。身体感覚をいかに拡張していくかということが、今後のテーマですね」というように言っていただいて、本当にそうだなと思いました。
    そのあたりがアプリで作り出していく体験の世界ともおそらくつながっていくのではないかと思います。

小川    そうなると、声だけの電話だとちょっと難しいという感じでしょうか。

熊野    電話もでも感じますよね。相手がハッとしたなとか、聞いてないなとか。感じますよね。

小川    視覚だけでもないということなんですね。

熊野    確かに電話で感じるということは、目や音から入ってくる信号から感じているのではないからなのかもしれませんね。どこか別のルートを通して、体同士が感応し合っているみたいなことがあるのかもしれません。

小川    テキストだとさすがに難しいですよね。

熊野    テキストでもありますよね。

小川    ありますか。

熊野    我々が小説を読んで感動するというのは、著者がなんらかのものを伝えたいと思って、そこに書き込んだからじゃないですか。読んで鳥肌が立ったりしますよね。ということは、やっぱりテキストでもあるのかなと。
    テキストの場合は、読み手側の思い込みのウエイトがかなり大きくなるでしょうけど、でももともと書き手が伝えたかったものは伝わっていますよね。

小川    情報量が減っても、私たちは身体感覚で受けとろうとしているのですね。

熊野    そうですね。伝えるほうは身体感覚で伝えようと思ってはいないのかもしれないけど、でも実際にはやっているのだと思います。

小川    確かに。なるほど。

──身体感覚を鍛えるためにはどうすればよいのでしょうか。

熊野    それはやはりマインドフルネスなんじゃないでしょうか。日本文化は皆そうだと思います。武道、芸道、俳句、あとは日本人が好きなパワースポットとかですね。


■身体感覚の拡張とバトルスーツ

小川    先ほど熊野先生が「身体感覚の拡張」と仰いましたが、それって感覚が増幅されるということなのでしょうか?    それとも第六感みたいなものが出てくるのでしょうか?
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小川晋一郎さん
熊野    バトルスーツですね。

小川    バトルスーツ。

熊野    バトルスーツが操れるのは、身体感覚がそこまで拡張するからだと思います。我々の日常的な感覚でいうと車幅感覚ですね。車に乗っていると車幅感覚が感じられるようになって、狭いところも通っていけるようになりますよね。あまりにも狭いところを通ろうとしたときなんか、「あ、ぶつかる!」と言って、ぶつかりそうな側の足を車の中で上げちゃったりして。足を上げても仕方ないんですけど(笑)。
    それはやはり車と我々の身体感覚が一致しているからこそ起こるのだろうと思います。そういう車幅感覚的なものをどこまで拡張できるのかは、すごく面白いテーマだと思いますね。

小川    身体感覚と言っても身体そのものではないということですね。

熊野    そうです。アプリやスマホも、ものすごく身体感覚を拡張していると思います。スマホを使うことで、我々の世界はすごく広がっているじゃないですか。20年くらい前に「ウェアラブルコンピューター」という概念が流行りましたが、それはいろいろなガジェットを頭とかに付けて、ロボットのような外見になるイメージでした。
    でも今はそんなもの必要ないですよね。スマホが一つあればいい。私たちの身体感覚はスマホの中に広がっている世界にまで広がっているんじゃないかと、そういう気がします。


■身体感覚拡張の方向性

小川    私が興味があるのは、身体感覚が拡張していったときに、生きやすさ生きづらさがどうなっていくのかということです。車を自分の体の一部のように感じているときのマインドフルネスのあり方ってどうなんだろうと。

熊野    ガンダムでもエヴァンゲリオンでもいいんですけど、バトルスーツが操れるようになると、自分ができることが拡大する一方で、ものすごく危険もあるじゃないですか。エネルギーを全部使い果たして死んでしまったり、あるいは攻撃されてバトルスーツがつぶされて、自分自身もつぶれてしまったりして。
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小川    広がりすぎちゃうということですね。

熊野    広がりすぎるのもありますけど、どちらの方向に広げていくかが問題だと思うんですよね。攻撃するほうに広げていけば、そちらのほうに我々の能力はどんどん広がっていきます。
    そうなると、ある意味すごく生きづらいと思うんです。戦うことに特化した存在になっちゃうわけなので。


■マインドフルネスの3ステップ

熊野    マインドフルネスや瞑想は3つのステップで理解するべきだと私は思っています。マインドフルネスのグループ療法でも「3ステップでミニ瞑想をやりましょう」というようにお教えしたりしています。
    どういう3つのステップかというと、まずステップ1は自分が今どういう偏った体験をしているのかを自覚するということです。自分の性格だと思っているものや行動の癖、考え方の癖など、皆さんそういうのをいっぱい持っていて、そのために不自由になってしまっています。それを自覚できないと、何度も何度も同じ失敗をすることになりますし、自分を変えることも難しくなります。
    心だけでなく、体にも癖があります。歪んでいたり、どこかに力が入っていたり、リラックスできなかったりといろいろな癖があって、そのために我々はすごく不自由になっているので、その呪縛から抜けるためにも、自分の体が今どんな感じなのかをつかまなくてはいけません。ですから自分の今の心の様子と体の様子をまず十分感じ取るとことが大事です。
    次のステップ2は、そこから離れて、ニュートラルなところに一度移るということです。考えにとらわれている状態や心を閉じて何も考えないようにしている状態から離れて、今の瞬間を感じることに専念する。偏っているところからいったんニュートラルなところに移る、ということです。
    体に関しても、ヨガやさまざまなリラクセーション法などを通してニュートラルなところに一度移す。瞑想するときに「正しく座る」というのはそういう意味もあると思います。正しく座ると、一番ニュートラルなところに近づくわけですから。そうすることによって、我々がもともと持っていた命の流れというかエネルギーみたいなところに戻ることができるわけです。
    でもそれじゃ生きていない、生きていないというかエネルギーだけになってしまいますので、そこから再び世界との接点を作っていかなくてはならないわけです。それがステップ3です。
    偏りなく世界との接点ができたとしたら、生きづらさもたぶんなくなると思うんですよね。小さい自分というものから離れて世界といろいろなところで接しているわけですから。
    最初はすごく偏っていたけれども、いったんニュートラルなところに移って、そして偏りなく世界と関わっていく。これはみかんのようなものです。

小川    みかんですか?
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熊野    ある人がみかんそのものを感じたいと思っているとしましょう。その人はみかんの皮をずっと眺めています。みかんってこういうものかな。いや、違うかな。甘いのかな。オレンジ色なのかなと。これがステップ1。
    そして、みかんの皮をむくとみかんの中身が出てきます。今まで皮をずっと見ていたけれども、本当は中身が食べたかったわけですよね。あれ、今までこだわっていたのはなんだったんだ。ああ皮だったのか。ようやく皮がはがれて中身を見つけられたぞと。これがステップ2。
    でも中身がそこにあるだけでは味わえません。みかんにしてみれば味わってもらえないし、世界ともつながらない。それを実際に食べて「おいしい!」と五感を通して感じられたときに初めて、世界の中にみかんが溶け込んでいく。これがステップ3です。


■Awarefyはステップ1をサポートする

熊野    Awarefyはその3ステップのうちどこをやるのか、ということを私自身は問題意識として持っています。

小川    おそらくステップ1ではないかと思います。セルフモニタリングによって自分の状態を客観的に記録していくことで、自分の偏りに気づきやすくなる。Awarefyはそのサポートになっているのではないかと思います。みかんを観察している自分に気づいてもらうためのアプリではないかなと、いま先生のお話をうかがっていて思いました。

熊野    確かに、それをやらないと先ほどのエヴァンゲリオンの話のような、間違った方向への身体感覚の拡張が起こってしまいますからね。まず今の自分の状態に偏りなく気づいて、その上でさらに気づきを広げていくようにしないと身体感覚が変な方向にばっかり拡張していってしまう。それが現代人の大きな問題のように思えます。
    先ほどのテキストデータとリアルということでいえば、テキストデータばかりが氾濫して、頭で考えたバーチャルの世界がどんどん広がって、そういう方向に我々の身体感覚を広げてしまっているのではないでしょうか。リアルのほうがおろそかになって、バーチャルのほうばかりが重くなっている。実際はバーチャルなのに多くの人にとってはそれがリアルになってしまっている。これはかなり危ない状況なのではないかという気がしています。
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小川    偏ったままで気づけていないということですね。

熊野    そうですね。


■デジタルのメリットはデータの再利用性が高いこと

──Awarefyでは感情や行動の記録のデータがどんどん溜まっていきますが、そのデータをユーザーはどのように利用すればよいのでしょうか?

小川    デジタルデータの一つのメリットは、データの再利用性が高いということです。再利用性が高いというのは、あとで見返して使いやすいということですね。
    たとえばAwarefyでは感情のメモが取れます。どんなときにどんなことが起こって、どんな感情がわいたかといったメモです。そういった感情や状況にはタグを付けておけますので、あとでタグでソートして俯瞰して見ることができます。
    先日インタビューさせていただいたあるユーザーの方はこんなことを仰っていました。日々の感情をメモしていたところ、日々のどんなことにも必ず怒りの感情がちょっと入っていることに気づいたと。悲しいときもその中にちょっと怒りが入っている。何に対しても少し怒りが入っている。さらに、シチュエーションでソートすることによって、自分がどんな状況で怒りやすいかも見えてきた。だから怒らないように対策できるようになったし、怒ってしまっても落ち込んだりすることがなくなった。本当にすごくよかった。そういうふうに仰ってくださいました。
    感情や出来事を溜めていって、あとでメタ的に俯瞰で見ると、自分がどんなことでどんな感情になるのかがわかる。それはまさに熊野先生の仰るマインドフルネスのステップ1ではないかと思います。


■Awarefyだからこそできること

熊野    自分の状態に気づくというときに、部分的に気づいても実はあまり役に立たないんですよね。盲点という言葉があるじゃないですか。一番大事なところにはなかなか気づかないものなんです。いくら自分で反省をして、たとえば何か書き出したとしても、一番見たくないところは見ないままになりがちです。
    しかし、それがAwarefyのように一定の方式に従って、それで何がわかるのかよくわからないという状況の中で毎日の行動や感情を記録していくと、盲点も含めて明らかになって、全体が見えてくると思うんですよね。自分は悲しみの感情が強いと思っていたけど、怒りも必ずあるんだな、といったようにです。
    書き溜めて、そのデータが再利用できて、全体を見通せるということは、すごく大事なポイントだと思います。1週間を振り返るとか1カ月を振り返るとか、いろいろなことができるようにAwarefyの機能を充実させてきましたが、それをもっともっと発展させて、自分にはいったいどんな特徴、偏りがあるのかを立体的に深められるような表示の仕方ができると面白いのかなと思います。
    マインドフルネスやリラクセーション、ヨガなどをやって自分が変わっていくと、その全体的な構造も変わっていくと思います。それもまたAwarefyでとらえられるようになってくると、本当に面白いと思います。Awarefyを使っている人たちが、最初はある特徴を持った構造をしていたけれども、半年、一年と使っていくうちに、偏りなくいろいろなところと接点を持つ構造になっていく。そういうことがもしつかめたとしたら、新しくAwarefyを使い始めた人に「こういうことやってみたらどうですか?」といった提案もできるかもしれませんよね。そうなったら、先にお話ししたステップ3を体験してもらうお手伝いをすることもできるのではないではないでしょうか。

(つづく)

2021年10月2日Wisdom 2.0 Japanオンライン対談
構成:中田亜希

第1回    生きづらさを解決したい
第3回    納得感を持って生きるために

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