松本紹圭(僧侶)
アルボムッレ・スマナサーラ(テーラワーダ仏教長老)

僧侶・松本紹圭師がホストを務めるポッドキャスト番組「テンプルモーニングラジオ」は、宗派を超えた僧侶と語り合い、各地のお寺で収録されたお経を届ける音声番組です(2026年現在休止中。本対談をはじめ、過去のエピソードは引き続きご視聴いただけます)。
2025年に実現したテーラワーダ仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老を迎えた対談には、サンガジャパン編集部もご縁をいただき収録に同席。普段は音声でしか触れられない対話を、記事と写真でお届けします。日本にテーラワーダ仏教を根付かせたスマナサーラ長老は、私たちの積み重なった慣習や思い込みをほどきながら、科学と仏教の接点、長い時間の中で見えにくくなった本質、そして「人間に生まれる」ということの可能性へと話を開いていきます。

第1回    ユーモアでつづる出家と来日の軌跡


■80歳の歩み、その現在

松本    お寺の朝から始まる安養な生活。あなたのウェルビーイングが整うテンプルモーニングラジオ。このラジオはnoteマガジン「松本紹圭の方丈庵」よりお送りします。
    スマナサーラ長老、おはようございます。

スマナサーラ    おはようございます。

松本    今週のゲストは、東京都渋谷区幡ヶ谷にあります日本テーラワーダ仏教協会のアルボムッレ・スマナサーラ長老です。長老については、著作を通じてご存知の方も多いかと思います。また最近ではYouTubeでも活動されており、動画で法話を視聴されたことのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。本日はスマナサーラ長老のこれまでの歩みなども含め、いろいろとお話をうかがえればと思っております。
    最近、スマナサーラ長老はいかがお過ごしですか?

スマナサーラ    まあ、80歳になりましたからね(笑)。

松本    80歳。1945年お生まれですよね。来日されてからもう45年。

スマナサーラ    まあ、ずっと日本にいましたからね。

松本    元々のお生まれがスリランカですね。

スマナサーラ    スリランカです。スリランカの南のほうです。

松本    スリランカも日本と同じ島国ですが、ふるさとの風景は覚えていらっしゃいますか?

スマナサーラ    覚えていますよ。当時は自然が本当に素晴らしくて、毎日がとても楽しかったんです。今はどうか分かりませんが。お寺には時々、トカゲがタタタッと走り回っていました。そんな感じでとても楽しい雰囲気でした。獲物を追っているときの動物は、そこがお寺だということをまったく気にしませんからね、お寺の真ん中を平気で行ったり来たりしていましたよ。

松本    スマナサーラ長老の本を拝読したのですが、長老は十代で出家をされたのですよね。日本でいうと中学生くらいの年齢でしょうか。それまで普通の家庭の子どもでいらっしゃったと。

スマナサーラ    そうです。

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アルボムッレ・スマナサーラ長老と松本紹圭師
■村とお寺がワンセット

松本    スリランカのお寺の仕組みについてあまり詳しくないのですが、スリランカでは出家されるというのは、割と一般的なことなのでしょうか?

スマナサーラ    はい。珍しいことではありません。というのも、スリランカでは、村とお寺は常にワンセット、一体なんです。村があれば必ずお寺がある。お寺は村の一部であり、どんな小さな村にも必ず一つのお寺がある。町になれば、もちろんもっとたくさんのお寺があります。私は村で生まれました。村の子どもたちは遊びたくなれば、いつでも友達と一緒にお寺に行きます。お寺は広いですからね。住職にひどく怒られることもありますが、子どもたちはまったく気にしない。怒られながらも、自分のやりたいことをやって、のびのびと遊んだものです。

松本    小さい子どもたちが村のお寺で走り回っているような感じなのですね。

スマナサーラ    そうです。

松本    日本も田舎のお寺は広いので、私の故郷の北海道でも同じように、お寺を公園代わりにして遊んでいました。ただ日本では、そこで「出家する」という流れにはなかなかなりません。スリランカでは、一時的に出家したり、大人になってからも定期的に出家生活を送る人がいるのですよね?

スマナサーラ    それは国によって違います。一時出家はミャンマーの習慣です。スリランカでは「出家するならば専門的に真剣にやりなさい」と厳しい考え方が根付いています。そのため誰でも簡単に出家できるわけではありません。資質や適性を、お坊さんたちがしっかりと見極めることになります。

松本    そうなのですね。試験があるのですか?

スマナサーラ    試験はありません。しかし、お寺の人々も同じ村の住民ですから、子どものことは時に親以上によく知っています。ですから、たとえ親の前で良い顔をしていても、意味がありません。逆に本当に素質のある子には、お坊さんたちの方から「出家してはどうですか?」と声をかけるんです。

松本    スカウトですね。


■「在家で勉強を」 周囲の期待と自らの決断

松本    長老も、出家してみないかと誘われたんですか?

スマナサーラ    どちらだったか、もうあまり覚えてないんですよ(笑)。もしかすると、私は一人で決めたのかもしれません。子どもの頃から学業の成績は良かったほうでしたから、お寺の住職は私にそのまま在家で勉強を続けてほしかったようです。「出家してしまうと、せっかくの学問の道が閉ざされてしまう。在家のままで学び続ければ、きっと大成する」という思いがあったのでしょう。ですから、村のお寺が特に私の出家を積極的に後押ししていた、というわけではなかったんです。

松本    そうだったのですか。

スマナサーラ    勉強してほしかったのですね。

松本    仏教じゃなくて。

スマナサーラ    はい、その一般の知識をね。そんな状況でしたけど、私が「出家をしたい」と自ら伝えて、そのまま出家の道を進むことになりました。

松本    反対することでもないですもんね。

スマナサーラ    反対はできませんからね。

松本    13歳で出家されてからは、もうずっとお寺での生活を続けていらっしゃるのですよね。そのお寺には、一緒に修行されるお坊さんが大勢いらっしゃったのでしょうか?

スマナサーラ    まあ、何人かは共にしていましたが、それほど多くはありませんでした。お坊さんが学ぶ学校には大勢いますけれども、個々のお寺にはそれほどいないんです。


■たまたまだった日本への留学

松本    その後、ずっと仏教の勉強をされてきて、日本に留学をされたのですよね。何か特別な理由があって日本を選ばれたのでしょうか、それとも偶然の流れだったのですか?

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松本紹圭師
スマナサーラ    まあ強いて言えばたまたま日本だったんです(笑)。

松本    ご縁ですね。

スマナサーラ    もともと日本に行くという予定はまったくなくて、むしろアメリカに留学する計画を立てていました。当時の私にとって、日本という国は概念すらなかったんです。

松本    そうだったのですか。

スマナサーラ    ええ、当初はアメリカ留学を目指していましたので。ただ、留学にはお金が必要で、何らかの奨学金を得なければなりませんでした。そんな折、新聞でたまたまある奨学金制度を見つけ、願書を出してみたら、運が悪くて選ばれちゃった(笑)。私はその頃、大学で仕事をしていましたから忙しくて、面接は大学の授業の合間に、さっと出席して簡単に応対しただけ。ところが驚いたことに、私が面接会場から大学に戻るまでの短い間に、私に決まっていたのです。日本の奨学金でしたので、選考には日本側の代表者も参加していました。大使館から1人くらいね。約200人の応募者がいたと聞きました。私はその頃仕事が忙しくて、そんなことをいちいち調べる暇もありませんでした。ですから、なぜ私が選ばれたのか……。まあ、そういうことで、「行きなさい」と言われるままに来日した、というわけです。

松本    それまで日本に来られたことは?

スマナサーラ    まったくありません。それは個人的な問題があって。日本に興味を持っていた友人が何人かいたのですが、その連中はすごく頭が悪かったんです。「こんな頭が悪い連中が日本に留学するなら、俺は行かない」と、すごく子どもっぽい思考ですけど、そう思っていました。

松本    でも彼らは選ばれなかった。

スマナサーラ    彼らはみんなパッと捨てられちゃってね。それが30代の頃です。

松本    30代で留学生として日本にいらっしゃって、それ以来ずっと日本にいる。

スマナサーラ    そのまま日本にいます。あまり活発じゃないね。

(第2回につづく)

2025年9月19日    渋谷区幡ヶ谷 日本テーラワーダ仏教協会 ゴータミー精舎にて対談
(この対談は2025年9月29日〜10月3日まで5日間にわたり「テンプルモーニングラジオ」にて放送されました)
構成    中田亜希
写真    横関一浩



第2回    真理を語る責任