アルボムッレ・スマナサーラ
【スマナサーラ長老に聞いてみよう!】 

    皆さんからのさまざまな質問に、初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老がブッダの智慧で答えていくコーナーです。日々の生活にブッダの智慧を取り入れていきましょう。今日のテーマは「安楽死と生まれ変わり」です。

[Q]

    日本人として初めて、スイスに渡って安楽死された方に密着したドキュメンタリー番組が話題になったそうです。その方はすごく幸せだったと言い残して絶命したそうなんですけど、自分で選んで安楽死してもまた生まれ変わるということはあるのでしょうか?    納得して死んだのに生まれ変わるんですか?


[A]

■罪ではないが危険な選択

    安楽死は罪ではありませんが危険です、だって第三者が手を下さなくちゃいけないでしょう?    少なくとも身体に薬剤を入れるお医者さんがいるわけです。だから結局は人殺しになってしまうんですね。予め本人から許可をもらっていれば殺生にはならない、という話ではありません。誰も、人の生命を奪う権利はないんです。生命はその個体のものなんですから。
    仏教の「業」は、宇宙全体の生命の法則です。過去・現在・未来変わらないものです。スイスなら安楽死は合法で罪にならないけれど、日本でやったら殺人罪だとか、そんなのは所詮は人間が作ったルールなんですね。人は業で生まれて業で死にます。既にプログラムができているんです。だから、わざわざ意図的にやらなくてもいいんじゃないか、という考えもあります。
    現実から逃げるというか「生きることは碌でもないことで、とても苦である」ということから逃げるために選んだのだとしたらカッコ悪いし、ちょっと邪見になってしまうと思います。だから輪廻はそんなに甘くないですよ。苦しんで死ぬことになっているのなら、苦しんで死んだ方がいいんです。それが業だからね。逆に、人に迷惑をかけてはいけないと思っても、お釈迦様は「病人の面倒を看ることは多大な徳になる」とおっしゃっているんだから、末期状態ですごく苦しんでいる自分を世話する周りの人は、すごい徳を積むチャンスを与えられているということになります。


■出典    『それならブッダにきいてみよう: ライフハック編2』
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