〔ナビゲーター〕

前野隆司(慶應義塾大学)
安藤礼二(多摩美術大学)

〔ゲスト〕
朝野倫徳(阿弥陀寺)
長澤昌幸(長安寺)

慶應義塾大学の前野隆司先生(幸福学研究家)と多摩美術大学の安藤礼二先生(文芸評論家)が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画、「お坊さん、教えて!」の連載第6回は、時宗の朝野倫徳さん(阿弥陀寺)と長澤昌幸さん(長安寺)をお迎えしてお送りします。
実は「お坊さん、教えて!」の中でお寺の数がもっとも少ないのが時宗です。宗祖一遍上人のお名前を聞いたことはあって、どのような特徴を持つ宗派で、どのように教えが説かれているか、なかなかピンとこない方も多いのではないでしょうか。時宗の特徴であるお札配りや踊り念仏について、そしてアットホームで和やかな時宗の空気感にぜひ触れてみてください。


(1)仏教は生き方である


■はじめに

前野    皆さん、こんにちは。司会の前野隆司です。「お坊さん、教えて!」では、これまでいろいろな宗派をご紹介してまいりました。本日は第6回の時宗です。
    残念なニュースがあります。いつも来てくださっている安藤先生が、急なご事情で来られなくなってしまいました。「いや〜、私何も知らないんですよ」と言いながら、実は何でも知っている安藤先生がいらっしゃらないのはちょっと残念ですけど、いつものように進めていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
    それでは自己紹介をしていいただきましょうか。あいうえお順で朝野さんからよろしくお願いいたします。

朝野    茨城の遍照山阿弥陀寺というお寺で副住職をしております、朝野倫徳と申します。もともと家内が前野先生と親しく、大変お世話になっておりまして、そのご縁もあり今日はお話させていただくことになりました。
「お坊さん、教えて!」のラインナップ(真言宗、天台宗、日蓮宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、曹洞宗、臨済宗)を見ますと、時宗のお寺の数は、なかでもひときわ少ないのではないかと思います。
    時宗が入っているのに、なぜ西山浄土宗(せいざんじょうどしゅう)や黄檗宗(おうばくしゅう)、融通念仏宗(ゆうずうねんぶつしゅう)が入っていないのか。と思われる方もいらっしゃるのではないかと思いますけれども、本日はどうぞよろしくお願いします。

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朝野倫徳さん(写真提供=朝野倫徳)
前野    よろしくお願いします。時宗と同じくらいの大きさの宗派は、他にもいろいろあるのですね。

朝野    そのなかでもおそらく時宗もお寺が一番少ないと思います。

前野    なるほど、そうなのですね。時宗は独特の特徴もあるとうかがいましたので、そういうようなお話もお聞かせいただきたいと思っております。
    それでは長澤さん、自己紹介をお願いします。

長澤    長澤昌幸と申します。よろしくお願いいたします。
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長澤昌幸さん(写真提供=長澤昌幸)
    滋賀県大津市にあります長安寺というお寺の住職をしております。長安寺には日本で一番古くて一番大きい石塔(せきとう)がございます。
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長安寺の日本一古い石塔(写真提供=長澤昌幸)
    これは牛塔(ぎゅうとう)と言いまして、牛のお墓です。元々長安寺は関寺(せきでら)と言います。逢坂関(おうさかのせき)があったところなので関寺というのですが、そこが現在は時宗の寺となっております。
    朝野さんには今から20年くらい前に、恩師のひとりである長島尚道(ながしましょうどう)先生を通じてある団体の講演を依頼されました。それが私にとって人生で初めて人前で話をする機会でした。そういったご縁をいただいた方です。今回もそんな朝野さんからのお願いでしたので、お受けさせていただきました。ひとつよろしくお願いいたします。


■幼い頃に父を亡くす

前野    このシリーズではいつも最初に「皆さんは昔からお坊さんになりたかったのですか?」という質問をさせていただいております。実際お聞きしてみると、子どもの頃に「坊主丸儲け」とかひどいことを言われてなりたくなかった、というお話がけっこう多くてですね、それでお二人にもお聞きしたいのですが、お二人もお寺の子として生まれたのか、お坊さんになりたくてなられたのか。そのあたりについて朝野さんから伺ってもよろしいでしょうか。

朝野    私はもともと寺に生まれました。当時は私の父が住職をしていたのですが、父は私が5歳のときに亡くなりまして、お寺というのは住職が亡くなると出ていかなくてはいけないのですが、非常に田舎だったものですから、檀家さんの一部の方が「奥さん、まだ5歳だけれども、せっかく将来の後継ぎがいるのだから、この子をいつか住職にするということで残ってください」と言ってくださいました。本来であれば、寺族(じぞく)──家族ではなく寺族という言い方をするのですが──である母親と私はお寺から出ていって、お寺にはまた別の住職を迎えるというのが筋なのですけれども。
    組寺(くみじ)という、お寺の組合みたいなものがありまして、お寺に住職がいなくなって寺族が残っている場合に、組寺から手伝いが来て、ご法務をして協力して、寺族がそのお寺で食べてやっていけるようにするといった制度のようなものもございましたので、そのおかげでなんとかお寺に残ることができました。
    母親からはその後、洗脳するように「お前はお坊さんになるんだ」「お坊さんになるように生まれついているんだ」と言われ続けておりましたので、非常に暑苦しいと思いながらも、やがてはやらなくてはいけないというふうに思っていました。

前野    お父さんが生きていて、なってもならなくてもいいという状況とは違ったわけですね。

朝野    そうです。はい。


■楽しかった子弟講習会

前野    これまでお聞きしたなかでは、小学生、中学生くらいのときに将来お坊さんになるのは嫌だなと反発された方もけっこういらっしゃいましたが、朝野さんの場合、そういう感じは全然なかったのでしょうか?

朝野    それがですね、時宗は非常にお寺の数が少ないので、だいたい何寺のだれそれさんというのをみんなが親戚みたいに知っているという関係なんです。夏休みには藤沢にある本山にお寺の子どもたちが集まって泊まり込みでいろいろな体験をする子弟講習会というものがあります。下は小学一年生くらいから上は高校生くらいまでが集まります。私も子どもの頃から通っていましたけれども、全国にいる同じ宗派の仲間と触れ合えるのがとても楽しかったのを覚えています。
    同じ環境にある者同士が集まって一緒に過ごすというのはこれまで経験がなかったものですから、これはいいものだなと思っておりました。

前野    いいシステムですね。いま初めて聞きました。他の宗派にもあるのでしょうかね。

朝野    おそらくあるのではないかと思いますね。

前野    そうなのですね。仲間と友達になって頑張ろうなんていうお話は今までの回ではお聞きしたことがなかったので、なんでしょう、時宗の温かさを感じました。確かに必要ですよね。お寺が少ないからこそ力を合わせるようになっているのかもしれないですね。


■仏教徒であり続けたい

前野    ということは、そのまま順調にお坊さんになられたのですか?

朝野    いや、それがそうでもないんです。私が10歳のときに母親が再婚しました。血筋で言うと亡くなった父親の一番下の弟ですけれども、住職として来てくれたのです。阿弥陀寺の現住職です。田舎のほうのお寺ではまあまあこういうケースというのはあるらしいです。もともと親戚のお兄ちゃんというかおじさんとして親しんでいた人でしたし、私はとても愛情を注いでもらって育ちました。
    ただ、私と年齢が16歳しか離れていませんから、そうなると余程大きいお寺でないとお坊さん2人を抱えてやっていくというのが経営的に難しい。お坊さんが2人もいるようなお寺はかなり大規模なお寺でして、私どものお寺ぐらいですと、住職が元気でちゃんとやっていれば、たまにお手伝いが来てくれれば回ってしまうのです。
    それで私自身は学校を経て、就職したり、小さな会社を作ってみたり、いろいろなことをしていました。
    でも「気持ちはやっぱり仏教徒」というのですかね、職業というよりも、本当に生き方というか、何をやっていてもやっぱり仏道であるというか、そう言ってしまうとちょっと大きすぎるのですけど、仏教徒としてありたいなという思いはずっとありまして、それで時を経てお坊さんになりました。
    仮にお寺が崩壊するような時代が来ても、仏教徒であるという気持ち、自分なりに仏教徒であり続けたいという思いは死ぬまで変わらないと思います。大袈裟に言ってしまえば、仏教は自分の生き方であるように思っております。

(つづく)

(2)他宗派での修行を経て時宗僧侶となる