玄侑宗久(僧侶・作家)


新型コロナウイルスの感染拡大によって、経験したことのない困難に直面した私たちは、これからどのように社会を築いていけばよいのか──。
かつては東日本大震災から、自然の猛威に対して人間ができることに限りがあることを学んだが、今回のコロナウイルス騒動も、人間が経済を優先しながら世界をコントロールしようとすることの傲慢さを、あらためて実感させられる出来事となった。
同時に、これまで変わってこなかった社会の課題が改善されている側面もある。経済優先で社会を成り立たせることの限界を、人々が実感するようになってきたとも言えるだろう。
しかし、人と人が接する機会が制限され、孤独に陥っている人も多い。一人一人の苦しみが、なかなか目に見えなくなっている状況で、私たちはどのように変わっていけばよいのか。また、社会はどのように変わっていけばよいのか。僧侶で作家の玄侑宗久師から話をうかがうために、玄侑師が住職を務める福島県三春町の福聚寺を訪ねた。


第1回    仏教と感染症


編集部    コロナ禍以降、それまで当たり前だった社会のあり方が急速に変化し、新しい時代の流れの中にあります。その変化への向き合い方、そして、これからどういう社会を作っていけばよいのかについて、お話をお聞かせください。


■コロナが世界平等な環境問題を後押し

玄侑    コロナ禍以前からの社会の潮流として、「環境問題」と「経済」というものが大きく取り上げられていたように思います。とくに2015年9月に国連が SDGs をまとめましたね。世界193カ国が全員一致で進むべき方向性を決めたというのは、非常に画期的なことだったと思いますが、それを後押しするような出来事もいろいろ起こっているように感じています。感染症とは身分に関係ない平等な災いですから、「誰一人取り残さない」という方向性でやっていかないと対処できませんよね。だからちょうどSDGsが注目されていたときにコロナ禍になって、「なるほど、あの国連決議は正しかったんだ」と、コロナ禍があったからSDGsの流れも急速に進みつつある、そんなふうにも思うのです。同時に、これまで環境問題はどちらかと言うと経済を妨げるものと見られていたわけですが、イノベーションが進めばむしろ新たな経済の道筋にもなる、そういう方向に向かいつつある気がします。
    日本型の政治というのは、もともとは違うのだろうと思いますが、西洋から入ってきた、いわゆる自由・博愛・平等というような考え方からすると、政治の役割は「平等」なんですよね。自由は経済が担うし、博愛は宗教が担う。しかし、政治が平等担当だというのは長い年月、忘れられていたと思うのですが、ここへ来てそういう方向に揺り戻しが起こっていると感じます。それが非常におもしろいと思いますし、仏教というのは実際問題、本当にSDGsと矛盾しない思想だろうと思うのです。

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■仏教に、感染症問題の救いを求めて

    今回のコロナウイルス感染症の拡大で私自身がもっとも注目したのは、日本に仏教が入ってきた頃の感染症、つまり天然痘ということになりますが、その大流行と仏教についての一連の流れです。
    中国では紀元前から疫病が流行るということがありましたが、日本でも『日本書紀』で、たしか一番最初の疫病の記述は崇神(すじん)天皇の年号でした。額面通りに受け取ると崇神天皇の御世とは紀元前にあたります。疫病と書いて「えやみ」といいますが、つまり紀元前からもう疫病(えやみ)と言われるものが発生していたことになります。それが仏教流入の頃になるとさらに激しくなったのです。
    歴史の教科書にある蘇我氏と物部氏の争いにしても、じつは天然痘が大いに関わっています。天然痘で大量に人が死ぬという事態について、物部氏は「蕃神、つまり外国の神を重んじるなんてことをやったからだ。国つ神がお怒りになっているのだ」と主張し、一方、蘇我氏は「外国で大切にされているものはこちらでも尊重すべきだ。結局こういう事態になって頼れるのは仏しかいないだろう」と、なおも仏教にすがるという、対立する主張をしたわけです。
    天然痘で亡くなった天皇も4人くらいいます。そういう中で、それでも仏教に希望を託そうという発想が出るのはなぜなのかと考えると、聖武天皇が「この病気は身分に関係なく平等にかかって死んでしまう」と言っていますが、それが一番重要なポイントだと思います。尊卑貴賤がみな平等にやられてしまっている、それに対処する教えは何なのか、と考えを進めていきます。
    当時、仏教そのものを受容すべきかどうかという議論ももちろんありましたが、だんだんと時代が聖武天皇に近づいていくにつれ「何のお経を唱えたら疫病(えやみ)が治るのか」ということに変化していきます。天然痘は疫病とか瘡(かさ)とも言われるのですが、「疫病や瘡には何のお経が効くのか」という観点で、お経がものすごいスピードで学ばれていくわけです。
    たとえば『金光明最勝王経』というお経は、四天王とか十二神将とか勇ましいのがいっぱい出てくるので、そういうのに頼るのがいいんじゃないかという考えが出てきたり。あるいは『仁王護国経』(『仁王経』)というお経には、「護国品」という独立した章があることから「やっぱり国全体を平等に守ってくれるんだから『仁王経』がいいんじゃないか」ということで『仁王経』の斎会(さいえ)を始めてみたり。あるいは藤原不比等自身がどうも天然痘にかかったらしいというときに『維摩経』を読んだら、読んでいる最中にみるみる具合が良くなったというエピソードもあります。「いや、これはよく効くお経だ」ということで、藤原氏の氏寺である今の興福寺、厩坂寺(うまやさかでら)に維摩像を祀ったりしたのです。
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玄侑宗久師が住職を務める福聚寺(福島県三春町)の山門に立つ

■鎮護国家の背景にある切実な想い

    当時、とにかくお経にすがったり、様々な天然痘対策を試みるものの、なかなか疫病・瘡が治らないでいたわけです。そんな流れの中で聖武天皇は、新羅から審祥(しんしょう)というお坊さんを招いて、『華厳経』の講義を3年間にわたって聞いています。
『華厳経』の「華厳」という言葉は「雑華厳飾(ぞうけごんじき)」が元だとされます。雑華というのを鈴木大拙さんは「普通の花」と訳していますが、今言うような「世界でたった一つの特別な花」というような、みんなが特別で素晴らしいという話ではなくて、「みんな普通でしょ」と言っているわけです。雑とは五彩だとする古い辞書もあって、そうなると「みんな違ってみんないい」みたいなもので、いわゆる「さいわい」の元になった「咲き賑わい」のようでもあります。普通もいろいろだからいいんです。
『華厳経』の仏様というのは、蓮華蔵世界と言われるところの教主で毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)です。盧遮那仏と毘盧遮那仏の違いというのは六十華厳か八十華厳かの違いによるもので、東大寺では盧遮那仏ですが一般的には毘盧遮那仏ということが多いと思いますね。だいたいサンスクリットが vairocana (ヴァイローチャナ)なので、毘盧遮那が普通でしょうね。これはつまり「マハー・ヴァイローチャナ」という大日如来とも同体と考えられますが、その毘盧遮那仏が白毫(びゃくごう)から出す光というのは、影ができないと言うのです。影というのは、照らせないところでしょう。だから「影ができない」というのは、つまり「照らせないところがない」という意味。だからどんな日陰の人たちも照らされる光を発する仏様なんだ、と。そうなってくると、これだけ誰もが平等にかかる病気を救えるのはやっぱり『華厳経』の仏様なんじゃないかということで、聖武天皇はなんとかこの国の疫病を収めたいと、本気で東大寺の毘盧遮那仏建立を思い立つのです。
    大変なことですよ、これは。それでなくとも感染症で大勢亡くなっているのに、その上雑役で推定260万人も出てもらったわけですからね。聖武天皇の命で行基菩薩が全国を駈けまわり、人集めに奔走したと言われています。材料も大変だったでしょう。金は、宮城県の黒川郡から、新羅系だかの人が寄付した砂金を運んだと言われています。仏教が鎮護国家の教えだったということが後世、「国と癒着していた」みたいなニュアンスで語られることがありますが、まったくそうではないのです。この国に蔓延する天然痘を何とかするために仏教の力を借りる、という考え方ですから。天皇とすれば国全体を守るのは当然のことだったわけです。それも必死の想いですよね。
    光明皇后は光明皇后で、施薬院・悲田院を作りました。施薬院は薬を栽培、ストックしていて貧しい病者を治療した病院で、悲田院は貧しくて働けない人たちや病人、孤児などのための福祉施設です。皇后陛下がそういうものを作って国中を何とか助けようとしたわけですから、ありがたいですよね。
    ですから仏教と感染症というのは初めからものすごく関係が深いのです。今回のコロナ禍のような事態になってみると、仏教の始まりのところでの、今説明してきたようなことがどうしても思い起こされます。現在の天皇陛下や皇后陛下の祈りも感じますね。

(つづく)


2021年10月14日    福島県三春町・福聚寺書院にて
インタビュー:編集部
構成:川松佳緒里
撮影:編集部



第2回    華厳経・蓮華蔵世界の真髄



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玄侑宗久チャンネル「三春の風」   
https://www.youtube.com/channel/UCleMEs-GMJI7IZHk3eZO4pQ/featured 


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