〔ナビゲーター〕

前野隆司安藤礼二


〔ゲスト〕早川智雄

松村妙仁


慶應義塾大学の前野隆司先生(幸福学研究家)と多摩美術大学の安藤礼二先生(文芸評論家)が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画、「お坊さん、教えて!」の連載が今月から始まります。
歴史の時間に教わった日本仏教の各宗派がどのように始まって、宗祖はどのような方で、南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経はどう違うのか。知っているようで、意外と知らない方も多いのではないでしょうか。
仏教は数千年の歴史がある思想で、私たちのルーツにも深く関わっています。また、仏教を学ぶことは、幸せに生きるための実践哲学を学ぶことであり、人類の大きな流れについて学ぶことでもあります。日本仏教の基本の「キ」から学んでいくことで、人間とは何か、生きるとは何かも見えてくることでしょう。
記念すべき第一回は「真言宗」です。早川智雄さん(福島県長宗寺)、松村妙仁さん(福島県壽徳寺)をゲストにお迎えしてお送りします。どうぞお楽しみください。

(1)お坊さんから学ぶ仏教の基本と未来

■一緒に仏教を学び直してみませんか?

前野    「お坊さん、教えて!」というオンライン講座が今日から始まります。私は司会を務めさせていただきます、慶應義塾大学の前野隆司です。第1回なので気合いが入っています。それから、一緒に司会進行をしてくださる安藤礼二先生です。

安藤    多摩美術大学の安藤礼二です。日本における新しい哲学と仏教の関係をずっと考えています。この講座でいろいろお話をお聞きできればと思っております。よろしくお願いいたします。

前野    「お坊さん、教えて!」は、新進のお坊さんたちから仏教の基本と未来について学ぶオンライン講座です。今日はその第1回で真言宗のお坊さんに来ていただいています。
    第1回ですので、最初に「お坊さん、教えて!」の趣旨をご紹介したいと思います。
    我々は日本に暮らしていますが、私のような普通の素人は、仏教について意外と知りません。真言宗は空海が作ったということくらいは歴史で学びましたが、どの宗派の祖師が誰であるかなど、言えない人も多いと思います。私も残念ながら試験のために丸暗記しただけでした。今思えば非常にもったいないことです。
    日本人にとって重要な「生き方の基本」が仏教の中にはこめられていると思います。仏教は宗教であり、幸せに生きるための実践哲学でもあります。であるにもかかわらず、それがあまり知られていない。じゃああらためて詳しく学んでいこうじゃないか、というわけでこの講座を開講することになりました。
    講座では各宗派について聞くだけではなく、今の若いお坊さんたちが何を考えているかという、お坊さんご自身にフォーカスした質問もしていきたいと思っています。

安藤    まさに我々にとって、一番身近で一番よくわからないのが仏教だと思います。仏教は宗教であると捉えられていますが、この日本列島では、哲学であると同時に、広い意味での芸術論としても重要な役割を果たしているのではないかと考えています。
    私はいま美術大学に勤めていまして、芸術と宗教という問題は、近代以降のヨーロッパでは(と断言してしまっていいのかわからないですけれど)、二つに切り分けられてしまっていますが、極東の日本列島ではおそらく切り分けられずに、かなり強固に結びついているようにも思えます。その結びつき、日本列島に住み着いて生活してきた我々日本人の根っこにあるものが一体何なのかということも、ぜひいろいろな角度からお聞きできればと思っています。

■ゲストのご紹介

前野    ありがとうございます。というわけで、さっそく本日のゲスト早川智雄(はやかわちゆう)さんと松村妙仁(まつむらみょうにん)さんのご登場です。では早川さんから自己紹介をお願いします。

早川    早川智雄と申します。福島県いわき市という中核市で、真言宗智山派の長宗寺(ちょうそうじ)というお寺の副住職をしています。今日私がお話することは、あくまでも現代の地方にあるお寺の僧侶から見た目線での話になりますので、過度な一般化はできないというか、私が言ったことがすべてそうであるとは限らないということを、事前にご承知おきいただけるとありがたいなと思っています。

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長宗寺副住職、早川智雄さん(写真提供=早川智雄)
松村    同じく福島県の猪苗代町、真言宗豊山派(ぶざんは)壽徳寺(じゅとくじ)の住職を務めております松村妙仁と申します。たまたま福島県の真言宗のお坊さんが二人ということになりますけれども、早川さんとのお寺との距離は100kmくらい離れております。私も早川さんと同じく、仏教や真言宗の教えを、私というフィルターを通った一人称の話として、させていただければと思っております。よろしくお願いいたします。
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壽徳寺住職、松村妙仁さん(写真提供=松村妙仁)
前野    智山派と豊山派ということですが、どういう違いがあるのでしょうか?    またそれ以外にも他の派が真言宗にはあるのでしょうか?

早川    真言宗は古義派と新義派に分かれていまして、古義派は、高野山真言宗様の系列です。一方、中興の祖覚鑁(かくばん)という方が興したのが新義派です。そこの流れが私たち智山派と豊山派です。ですから、皆さんがイメージする高野山に我々の本山はありません。たとえば、智山派の総本山は智積院(ちしゃくいん)で、京都にあります。

松村    豊山派の総本山は奈良県の長谷寺です。全国各地に長谷寺があるかと思いますけど、その長谷寺の大元です。長谷川さんという名字が始まったところとも言われています。

■本当はお坊さんになりたくなかった!?

安藤    お二人がなぜ僧侶になろうと思われたのか、そして僧侶になられて、ご自身の宗派の中で生活なさって、何を目指されていくようになったのか、そういうところから伺えるといいのかなと考えています。いかがでしょうか。

早川    私は早川家の3人姉弟の末っ子長男として生まれました。長男ですが、最初は継ぐ気がありませんでした。「お坊さんあるある」です(笑)。
    お寺に育つと、知らないおばあちゃんから手を合わされたり、「私が亡くなったら面倒みてね」と言われたり、そういうことがちょこちょことあるんです。ですから、子どもの頃から、悪いことはできないなという感覚はありました。
    しかし職業選択の自由がないということが、若い私には息苦しいところがありました。しかも父は市役所の福祉課に勤める公務員でもあり、悪いこともせず真面目でコツコツやるお坊さんらしいお坊さんだったもので、余計に自分は父のようになれないなと思っていたんです。
    それで海外に逃げようと思って高校卒業後にアメリカに留学したのですが、実際、日本を出てみますと何かやり残したことがあるという感覚がすごくありました。お寺を継いでほしいとずっと言われ続けてきたのに、それに立ち向かったことがなくて逃げている状態というのがなかなか辛いものだったんです。
    それで一度、自分が与えられている道に真摯に向き合ってみるべきではないかと思い、留学の途中で帰ってきて、日本の大学に入り直すことにしました。ただ、戻ってきてやるからには、自分の置かれている状況を、ちゃんと見据えてみたいということで、頼み込んで大学院まで行かせていただきました。
    私のところは、ご檀家さんが100軒くらいのとても小さなお寺です。一説にはご檀家さんが350軒くらいいないとサラリーマンの年収にならないと言われています。こういう小さいお寺がこの現代に存在する意味、小さいお寺というコミュニティの意味とは何なんだろうということが知りたくて、学生時代はコミュニティ研究の第一人者であった慶應義塾大学の金子郁容(かねこいくよう)先生のもとで勉強させていただきました。
    この道を歩み始めて、本当にこれは無理だな、というところまではやってみたいと思って今日もまた一歩一歩進んでいるところです。

前野    もしかして今でも、お坊さんをやめる可能性がゼロではないということですか?

早川    やめる可能性というか、「やめろ」と言われる可能性はあるかと思います(笑)。小さいお寺といえども法人なので、役員の総代さんから「もっといいお坊さんがいるから代わってくれ」と言われたら私だけではどうにもなりませんので、そのときはやめなきゃいけないかもしれません。自分が本当に倒れるまで、やれる限りはやってみたいなとは思っていますけど。

前野    松村さんはどのような経緯でお坊さんになられたのですか?

松村    私はお寺の一人っ子です。一人娘なので、ゆくゆくは婿養子をお迎えしてお寺を継ぐ、というプレッシャーが昔からありました。しかし父と母からは、お寺のことは考えずに好きなことをやりなさいと言われていたので、好きな音楽関係の大学に行って東京で就職をして、コンサートの企画や運営をする会社に勤めました。
    憧れの東京で自分の好きな仕事ができて充実していた2009年、父が亡くなりまして、2011年に東日本大震災がありました。会社に10年以上勤めて、ある程度好きな仕事をやれてこられたというのと、また新しいことにチャレンジしたいと思っていたタイミングでもありましたので、福島に帰ってお寺に関わることになりました。
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会社勤めを経て壽徳寺に戻った松村さん(写真提供=松村妙仁)
    私自身もお檀家さんに育てていただきましたし、震災のときには東京にいて福島に対して何もできないもどかしさがありましたので、少しでもお檀家さんに恩返ししたい、福島に貢献したいという思いから、出家して、お坊さんの資格を取って福島に戻ってきたという経緯です。

前野    お二人とも、最初は反発して海外に行ったり音楽の道に行ったりしたのに、なにか引き寄せられるかのように戻って来られて、そして立派なお坊さんになられた。このストーリーが、やっぱり仏教の持つ魅力みたいなものなのですかね。

(つづく)

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2021年慶應SDMヒューマンラボ主催オンライン公開講座シリーズ「お坊さん、教えて!」より
2021年4月26日    オンラインで開催
構成:中田亜希

(2)僧侶と働き方