〔ナビゲーター〕
〔ゲスト〕
慶應義塾大学の前野隆司先生と多摩美術大学の安藤礼二先生が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画「お坊さん、教えて!」。第一回の「真言宗」では、早川智雄さん(福島県長宗寺)、松村妙仁さん(福島県壽徳寺)をゲストにお迎えしております。
(2)僧侶と働き方
■お寺と経済的自立
前野 先ほどお坊さんあるあると仰ってましたけど、長男・長女なのにお坊さんはやらないぞ、と言ってお寺に戻ってこない人もけっこういるのでしょうか? それともけっこうみんな引き寄せられてお二人のようになるのが多くの道なのでしょうか?
早川 たとえば経済的に食べていけないお寺の場合、悩んで、やらないという選択をされる方はいらっしゃると思います。宗教年鑑をご覧になると分かりますが、住職がいるお寺の数は年々減少しているはずです。
私のうちも妙仁さんのうちも兼業しなければいけない状況にありますけど、兼業も今の世の中では非常に難しいです。一昔前は、学校の先生がお坊さんだということもけっこうあったと思いますが、今は公務員をしながら兼業するということが事実上難しい。たとえばあるプロジェクトを任せたいけど、先生が定期的にお葬式で休むとなると、プロジェクトは任せられない、とかですね。ただでさえ、社会人として仕事することが大変な時代に、さらに別な仕事も乗っかっているのは極めて厳しいんですよね。
また、お坊さんの場合は場所が固定されます。私であれば福島県いわき市の、この常磐という地域から移動して何かするというのはやはり難しいです。ですから、経済規模の小さいお寺さんは皆さん悩んでいらっしゃると思います。福島県いわき市に建つ長宗寺(写真提供=早川智雄)
檀家さんの可処分所得が下がっていることは我々も重々わかっているので、お布施や会費をたくさんくださいということももう難しい。なので、そのへんも含めて日々悩みながら歩いている部分はあります。
前野 何も知らない素人から見ると、お坊さんは儲かっていて外車に乗っているというイメージがあるんですけど、それはほんの一部なんですね、きっと(笑)。
早川 たぶんそうだと思います。外車に乗った記憶はこれっぽっちもないですね(笑)。町の風景を支えているような小さなお寺さんは、おそらくいま私が申し上げたのと多少なりとも似たようなところがあるんじゃないかなと思いますね。
前野 お寺はまさに町の風景を支えていますよね。父のお墓のあるお寺に行きますと、緑が多くてほっとします。お寺は各町や村の大切なところにあって、コミュニティの核になれるにも関わらず、そういう存続に困ってらっしゃるということを聞くと、我々ももっとお寺を助けるというか、何かみんなで力を合わせてできないかという気がしますね。
安藤 自分のやりたいことと、お金を稼ぐために生活をするというのはやはり大変ですよね。私自身ももともと文章を書いて生活をしたかったのですけども、なかなか書くことだけを専業とするのは難しくて出版社に勤めていました。二人のお話を聞いていて、現代のお坊さんもそうなんだなと、あらためて目から鱗が落ちるように理解することができました。
■女性の僧侶は増えている
前野 もう一つお聞きしたいのは、松村さん、女性じゃないですか。仏教の世界では女性の僧侶が少ないように思うんですけど、どの宗派も男女平等で誰でも僧侶になれるのでしょうか?
松村 そうですね。平等ではないかもしれませんが、昔からなれたと思います。日本で最初に出家したのは女性だというふうに言われています。ちなみに、私が所属する宗派では資格を持っている女性の僧侶は全体の1割くらいだったと思います。住職を拝命いただいている方も、昔よりは多くなってきていると思います。住職として壽徳寺を守っている(写真提供=松村妙仁)
前野 ほかの社会と同じで、少ないけれども、でも1割はいるということなんですね。私がいた機械工学科は、私の大学だと100人くらいのうち女性は1人でしたが、だんだん女性が増えて、いま慶應ですと3割から4割女性ですから、似たような状況ですね。
今までお坊さんが仕事であるという感覚を持ってなくて、偉い人だ、拝む人だという感覚でいたんですけど、まさに男女の雇用の問題とか兼業の問題とか、普通に普通の人と同じ問題に直面されていることがわかりました。
■まわりの人々を笑顔にしたい
前野 お二人とも最初はお坊さんになりたくない、そう思ったところから始まっていらっしゃいますが、そういうところおから始められて、いまは何を目指していらっしゃるのでしょうか?
早川 私は震災以降にお寺に入りましたけど、人々に笑顔がなかったんです。地震の問題もありますし、原発の問題もありますし、笑顔になる要素がない。その中で思ったのは、大きなことを言って全体をどうにかするということよりも、私の働きかけによって、まず半径2メートルから人々を笑顔で朗らかにしていきたいなということでした。そして最終的には半径2万キロメートル、つまり地球全体を朗らかにするということを、その営みの中から目指していけたらいいなというのが今の私の目標です。
朗らかにする方法はたくさんあって、仏教を伝えるのも一つですけど、現代の方は仏教の教えと距離があって日常生活とリンクしないと感じられている方もいらっしゃいますので、そこをつなぐような内容、たとえばアンガーマネジメントやマインドフルネス瞑想(マインドフルネスSIMT)によって、心の成長を感じていただきながら、段階的に少しずつ仏教の教えもお伝えして、最終的には本人が笑顔になって、周りも元気付けていけたらと思っています。自分も周りと一緒にそういう状況になって育っていけるといいなと思います。「笑顔の輪をお寺から世界へ」という志を掲げて(写真提供=早川智雄)
松村 私自身も、周りの方がお寺とか仏教のつながりによって安心(あんじん)生活ができるための橋渡しができたらいいなと思っています。私自身が父を見送るという立場になったときに、葬儀というのは亡くなった方のためだけではなく、遺族のためのグリーフケアでもあると感じました。参列された方から故人の生前の様子を聞くことで、さまざまなつながりを知るきっかけにもなりますし、葬儀や法事の時間と共にすることによって私自身が救われたり、心が安らいだり、癒しになったりすることが多かったのです。今度は僧侶という立場で、そういったことを皆さんとご一緒に共有できたらと思っております。
前野 普通の人に「何を目指しますか?」と聞くと、「私は何をしたいです」と、「私」が主語になりますけど、お二人とも「みんなをこうしたいです」というお話でした。目の前の人を大切にして幸せにする、それをさらに大きなところまで広げていくというところに感激しました。
しかし、もう少し「我欲」みたいなものはないんですか? 「私はこうなりたいです」というような。早川さんいかがですか?
早川 自分がやる活動で経済的に苦労しない状態にはなりたいです(笑)。でも思うんですが、やるべきことをやっているときって、見える形であれ見えない形であれ、助けをいただけたりするんです。ですから、その辺は前に比べて焦らなくなったというか、本当にギブアップしなければならない状況になったときに相談する先も増えていますし、今やれることが、やるべきことなんだなと思ってやっています。なるようにしかならないというか(笑)。
前野 松村さんもそうですか? 「私はこれになりたい」という感じではないのでしょうか?
松村 生きていく中で、大変なことや辛いこと、イライラすることは日常だと思います。それに対して自分がいかに豊かで穏やかになれるかを、仏教の教えや真言宗の教えを通して追求する。自分自身も日々研鑽して発見しながら、いろいろなことを考えていけたらと思っています。
前野 学んで成長していくというイメージですかね。なるほど、なるほど。
(つづく)
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2021年慶應SDMヒューマンラボ主催オンライン公開講座シリーズ「お坊さん、教えて!」より
2021年4月26日 オンラインで開催
構成:中田亜希
(1)お坊さんから学ぶ仏教の基本と未来(3)密教とは何か(前編)