〔ナビゲーター〕

前野隆司(慶應義塾大学)
安藤礼二(多摩美術大学)

〔ゲスト〕
井上広法(栃木県光琳寺)
大河内大博(大阪府願生寺)


應義塾大学の前野隆司先生(幸福学研究家)と多摩美術大学の安藤礼二先生(文芸評論家)が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画、「お坊さん、教えて!」の連載第4回は、浄土宗の井上広法さん(栃木県光琳寺)と大河内大博さん(大阪府願生寺)をお迎えしてお送りします。


(3)お念仏で救われる


■ターミナルケアで実感する法然上人の教えのありがたさ

前野    お二人ともグリーフケアやターミナルケアといった終末期のケアに近いところにいらっしゃるとのことですが、浄土宗という宗派が特に終末期のケアに関わる宗派であるということなのでしょうか?

井上    確かに浄土系というのは、死後の世界である極楽浄土を目指すわけですから、死という転換点をどのように捉えるかは関心事として大きいと思います。ただ、僧侶とはいえ凡夫である私たちが他人の臨終の際に出向いて行く、そのことが果たしてその人のためになるのかどうかという議論が昔からあるのも事実だと思います。
    そういえば私の佛教大学の卒論のテーマは臨終行儀(りんじゅうぎょうぎ)でした。

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説法をされる井上広法さん(写真提供=井上広法)
安藤    興味深いお話をありがとうございます。阿弥陀如来という絶対的な他者がいて、死が極楽浄土へつながる道である。それが浄土宗の核にある。お話をうかがって、お二人が終末期のケアに関わられていることは偶然だったのかもしれないけれども、必然として選ばれているような印象を受けました。

大河内    そうですね、今はターミナルケアやグリーフケアに関わる宗派に偏りはないように思いますが、どちらかというと浄土系の人のほうが多いかなという印象は持っています。
    終末期のがん患者さんのところに出向いてお話を聞かせていただいたり、ご遺族さんとお話させていただく中で、「ああ、法然上人の教えの浄土宗でよかった」と心底思います。私自身が現場で法然上人の教えに救われる思いをたくさんしてきました。終末期の現場で何ができるかについてはそんなに宗派性はないと思いますが。そこで踏ん張るために、法然上人の教えのありがたさを感じます。
    自分の死を受け入れて、納得して、そして死んでいく、それまでにできれば悟りを開く、あるいは、「あ、これでようやく極楽に往生できて阿弥陀さんに救ってもらえる。ありがたい、ありがたい」という気持ちで亡くなっていく。それがもしゴールだとすると、おそらく多くの人は、私も含めてそんなことはたぶんできないだろうと思います。たくさんの悩みや後悔、まだ死にたくない気持ちもあったり、逆にこんな体だったら早く死なせてくれというようなことを吐き捨てながら命を終えていくかもしれません。
    それさえも救い取ってくれるのが、先ほど安藤先生が絶対他者と表現された阿弥陀如来、絶対的な仏様の本願であり、救いの力です。もっともっと生きたいと思いながら、でも死を迎えたその瞬間に救われている。どうして救われるのかというと、その場にまさに阿弥陀さんが来迎(らいこう)して救い取りに来てくださるからです。
    浄土宗には南無阿弥陀仏というお念仏が実践行としてあります。決して悟りを開けぬ凡夫だからこそ、救ってくれる力が必要なのだというのが浄土宗の根本です。だからこその念仏の大切さ、念仏でなければ救われないということが成立してくるわけです。
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お話をされる大河内さん(写真提供=大河内大博)

■日本で最初の教誨師は法然上人

──教誨師(きょうかいし)さんという罪を犯した方に法を説くお仕事があると聞いたことがあるのですが、ターミナルケアのお仕事も教誨師さんと似たようなお仕事なのでしょうか?

井上    日本で最初の教誨師は法然上人ではないかと私は思います。教誨師というのは罪を犯した人のいる刑務所に月に何回か出向いて行って、死刑囚や懲役刑の方々の生き方のサポートやケアをするという役割を担っています。法然上人がなぜ教誨師だったかというと、平重衡(たいらのしげひら)という方の罪を受け止められていたからです。
    平重衡は東大寺の大仏殿に火を点けました。当時の社会においては相当の極悪人です。その重衡が死罪になる直前に「あなたもお念仏を唱えることによって地獄ではなくて極楽往生できるのです」と法然上人は説かれました。そういうところにターミナルケアや臨終行儀との関連性が出てくるのかなと思います。
    この思想が巡り巡って、後に悪人正機説にもつながっていきます。

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上人と重衡受戒(写真提供=井上広法)


大河内    世界的な潮流では、宗教者が自分のフィールド以外のところで他者をケアするためのスキルは同じプログラムの中で養成されています。たとえばアメリカには90年前くらいに開発されたClinical Pastoral Care Educationというプログラムがあり、このプログラムを受けた人が、病院でターミナルケアをする人になったり、あるいは教誨師になったりします。
    一方、日本ではターミナルケアに出向く者のためのプログラムと教誨師のプログラムは完全に分かれています。そこが日本独自なところです。日本での活動の歴史としては教誨師のほうが長く、先ほど広法さんのお父様のお話がありましたけれども、1990年代くらいから徐々にスピリチュアルケアやグリーフケアの専門職としての僧侶の養成が始まって、2010年代から本格的な専門知識を持った僧侶のグリーフケアが少しずつ定着してきたという経緯があります。

──ターミナルケアは有料で教誨師さんは無料とお聞きしたのですが。

大河内    ターミナルケアはその方が病院に雇われていれば有給です。私も病院に雇われていたときは病院から給料をもらって働いていましたけど、多くの場合はボランタリーベースだと思います。やはり宗教者を専門職として雇う病院はまだまだ少ないです。教誨師さんは基本的にボランタリーだと思います。

(つづく)


2021年慶應SDMヒューマンラボ主催オンライン公開講座シリーズ「お坊さん、教えて!」より
2021年7月26日    オンラインで開催
構成:中田亜希



(2)お坊さんとして終末期医療に関わる
(4)法然上人の革命