〔ナビゲーター〕
〔ゲスト〕早川智雄
慶應義塾大学の前野隆司先生と多摩美術大学の安藤礼二先生が案内人となり、各宗派の若手のお坊さんをお呼びして、それぞれの宗派の歴史やそれぞれのお坊さんの考え方をざっくばらんかつカジュアルにお聞きする企画「お坊さん、教えて!」。第一回の「真言宗」では、早川智雄さん(福島県長宗寺)、松村妙仁さん(福島県壽徳寺)をゲストにお迎えしております。
(3)密教とは何か(前編)
■空海ロックスター説
前野 真言宗というのは、いつ誰がどうやって作って、どのようにしていろいろな宗派に分かれたのでしょうか? おそらく壮大な話なんでしょうけど、かいつまんで言うとどういう話なのでしょうか。
安藤 かいつまめないという話もありますが(笑)。
早川 そうですね(笑)、真言宗を作ったのは弘法大師空海です。空海は四国に生まれました。幼い頃から天才肌だったようです。空海は京都のほうの大学に行きます。その時代の大学というのは、官僚になるための学校です。しかし、大学で勉強してものの理(ことわり)を知っていく中で、空海は何か物足りない、もっと何かがあるはずだ、と思ってしまう。そして、謎の数年間かを経て、遣唐使として長安に向かい、師僧となる青龍寺の恵果和尚にお会いして密教を授かりました。
空海は遣唐使として本来20年間中国にいなければいけなかったのですが、それを2年間に縮めて帰ってきてしまいます。その当時、国のお金で外国に行くということはとてつもなく大変なことでした。2年間に縮めて帰ってくるというのは本当は死罪になるようなレベルの話です。しかし空海は、「いただいた教えを日本に帰って広めなければいけない」と文にしたためて国に伝えます。そのような前例がなく、国もだいぶ困ったようですが、「日本には密教が必要だ、広めてほしい」ということで、そこから真言宗が始まることとなりました。
松村 空海は本当にスーパースターで何をやっても長けていたそうです。「弘法も筆の誤り」という言葉があるように達筆でいらっしゃるし、何をやってもできてしまう人だったと。留学した後も、ダム建設などの公共事業をやったりして、国も支える一方、身近な庶民の方にも寄り添って法を広めたりなどいろいろなことをなさったスーパースターだったのかなと思います。福島県猪苗代町に立つ壽徳寺(写真提供=松村妙仁)
安藤 空海マニアとして少しだけ補足させていただきますと、空海は、日本で最も有名な「大学中退者」ですよね(笑)。もう一つは、『三教指帰(さんごうしき)』という強烈なフィクション、日本で最初に戯曲形式の小説を書いた人です。『三教指帰』はならず者の不良少年を、儒教の先生と道教の先生、それから仏教の先生が鍛え直していくという構成をもっています。不良少年のモデルはおそらく空海で、儒教の先生のモデルも空海です。空海は言葉の達人、漢文の達人でもありますので。さらに道教の山の中に入っている仙人、これも空海です。最後の仏教の先生は、仮名乞児(かめいこつじ)という、仮の名前しか持たず、救いをもとめて世界を放浪している、文字通りの乞食です。すべてを捨てて、異様な格好をして、いわばドロップアウトしたハードロッカーみたいな感じの、そういう人なんですね。その仮名乞児が、「お前たちはいま目の前のことしか考えていないけど、すべてはゼロ、「空」へと消滅してしまい、そこからまた新しいものが生まれてくるんだ」と諭す。個別の存在を超えてしまった世界の根源、そこに、あるいはそうした存在にたどり着かなきゃならないんだと宣言するわけです。仮名乞児はまさに空海です。
空海は社会のあらゆる制度からドロップアウトして、世界を放浪するロックスターみたいな形で生き抜いて、なおかつ、宇宙の根源みたいなところにたどり着こうとした。格好いいんですよ。お二人を前にして私が言うのもなんですけども(笑)。そういう人が、真言宗の祖師なんです。安藤礼二先生(撮影=横関一浩)
早川 ほとばしる愛が伝わってきて嬉しくなりました(笑)。私も同じような感覚を抱いています。偉大な方なので、皆さんさまざまな見方をしていると思いますし、格調高く論じたものもたくさんありますが、安藤先生のそういう熱量で語っていただいたほうが、実像に近いんじゃないかと私も思います。
空海は成功が約束されている大学をドロップアウトして、山にこもって修行して、金星が口に飛び込むとか、さまざまな経験をされたそうです。真偽のほどは定かじゃないですけど、そういう伝説が残るくらい愛されていた。今、世の中にある本がすべて100年後にも残っているかと言ったら、そうではないじゃないですか。でも空海に関してはさまざまな情報が残っている。そこまで残るということは、それだけインパクトのある方だったことは間違いない。相当ロックだったんじゃないかなと私も思います。
松村 そうですよね、たぶん相当な変わり者であったのは確かだろうなと思います。でもただ変わり者であるというだけではなく、本当に愛されるキャラというか、キャラと言ったら失礼ですけれども(笑)、ぶっ飛び過ぎているけれども、とても優しくて包容力があって、天皇からも、集落の農民の方からも、誰からも愛される方だったのだろうと思います。
安藤 『阿・吽』(小学館)という漫画がありますね。空海と最澄を主人公にして描いている漫画です。本当にスーパースター同士の戦い、戦いと言ったら失礼なんですけども、宿命のライバルというような感じの二人です。同時代に生まれて、同じ方向を目指しながらも、途中からまったく異なった道を歩んでいく。しかも最澄と空海の両方とも、日常生活をいったんスパッと断ち切って、自分の身一つになって険しい山をはじめとして、さまざまな場所に大胆に這い入り(二人とも同じ船団に乗り組み唐に向かいます)、真実を探求しようとするのです。私は芸術が専門なのですが、日本の芸能といったものも、おそらく最澄と空海の二人の生き方、二人がもたらしてきてくれたものが一つの大きな基盤になっているように思います。『阿・吽』(小学館)最澄と空海の生涯を描いた名作だ
スターというのはやはり、自分を無にすることで多くの人々と共振ですることがきる、そういう資質が必要なのかなということも感じています。僧侶というと何か堅苦しくなってしまいますけど、空海の生涯や思想にはロックスター的な、芸能的な表現や哲学、そういった可能性が秘められていて、それらを全面的に解放した人と、私は素人なりに考えています。
(つづく)
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2021年慶應SDMヒューマンラボ主催オンライン公開講座シリーズ「お坊さん、教えて!」より
2021年4月26日 オンラインで開催
構成:中田亜希
(2)僧侶と働き方(4)密教とは何か(中編)