国府田 淳
(クリエイティブカンパニーRIDE Inc.Founder&Co-CEO、4P's JAPAN Inc. CEO[Pizza 4P's Tokyo@麻布台ヒルズ])

昨今、気候変動、戦争、格差、パンデミック、ストレスや精神疾患の増加など不確実性が高まり、心安らがない状況が続いています。外的な要因に振り回されずに地に足をつけて日々を穏やかにすごしたい、今後のビジネスや生活を支える羅針盤を手に入れたいと考えている方が多いのではないでしょうか。
本連載は原始仏教とビジネスの親和性を描くことで、そのような心のモヤモヤや不安を和らげる糸口を見つけてもらおうという試みです。私は原始仏教を宗教という視点だけではなく、哲学、心理学、倫理や道徳を育む思想だと捉えることで、ビジネスや日々の生活に一筋の光を与えてくれるものになると確信しています。
また、その思想を皆さまが日々多くの時間を費やすビジネスに活かすことで、そこから生み出されるさまざまサービスやプロダクトに智慧やコンパッション(原始仏教の特徴)が息づき、社会にあたたかくて大きなインパクトをもたらすのではないかと期待しています。
原始仏教とビジネス。遠いようで近いような、近いようで遠いような…。
本連載では、原始仏教とビジネスは決して遠くなく、むしろこれからの時代にこそ有用であることを感じていただければ幸いです。

第1回    なぜ今、原始仏教とビジネスなのか①


1    私が原始仏教に興味を持ったわけ

「このままではあと9ヶ月で倒産だ」。2014年、一番の大口の取引先だった会社が倒産し、私たちの会社は億単位の損失を被りました。社員の方々の人生を狂わせてしまうかもしれないという恐怖は、何事にも変え難い「苦」であり、それこそ腕が痺(しび)れたり、血尿が出たりするほど追い込まれました。その後、なんとかいろいろな方のあたたかい支援をいただきながら経営を建て直すことができ、現在はRIDE Inc.というクリエイティブの会社や、アパレルなどの別事業、麻布台ヒルズにできたPizza 4P'sの日本代表やForbes JAPANオフィシャルコラマー、著書『食事法の最適解』(講談社)の出版など、さまざまなチャレンジの機会をいただき、充実した日々を送っております。

    ご挨拶がおくれました。私は国府田淳(こうだあつし)と申しまして、会社をいくつか経営したり、記事や本を執筆したりしている起業家、執筆家です。オンラインサンガのメンバーでもあり、そのシステムを運営しているオシロ社の株主でもあります(これは偶然でした)。これから、原始仏教とビジネスをテーマに連載させていただく幸運に恵まれました。お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

    さて、倒産騒動の想像を絶する「苦」の体験から感じたことは、ビジネスも人生も必ず苦に直面するにも関わらず、普段は欲で紛らわせているだけで、向き合うことがまったくできていなかった、ということでした(仏教では楽しいことも含めてすべてが苦と考えますが、その話は後ほど)。それから苦と向き合うために、常に心身を整えておくことが大事だと考え、日々のトレーニングや食事(スタンフォード大の栄養学を学び、本【*】を出すまで徹底的に研究しました)や睡眠の改善など、さまざまなことを実施していきました。その中でも特に個人的に効果が高かったのが、原始仏教の思想と瞑想でした。原始仏教の四聖諦はまさに「苦」のメカニズムを明解にする教えですし、八正道は日々の思考や意思決定に役立つ実践的な教えで、瞑想は精神的な安らぎを得られると同時に、頭がクリアになり意思決定の質やスピードが上がりました。そして最終目的地である「悟り」はもちろん俗世間とは別次元であり、出家するなどして修行に励まないと到達できるものではありませんが、そのメカニズムについて理解したり片鱗を感じたりすることにより、仕事はもちろん、人生自体も上向きになったと実感しています。
*国府田淳『健康本200冊を読み倒し、自身で人体実験してわかった    食事法の最適解』(講談社+α新書)

L1110685.jpg 150.7 KB
ニューデリー国立博物館にあるブッダ像(撮影=国府田 淳)

2    原始仏教とは一体何なのか?    いわゆる“仏教”と違うのか。

    原始仏教は初期仏教とも言われ、言わば仏教の起源となる教えで、ブッダが直接説いたことにかなり近い教えです。ブッダが直接説いたのは主に待機説法であり、ブッダ自身がまとめた書物などは残されていないので、教え自体は後に編者によってまとめられたものではありますが、長い仏教の歴史から見れば極めてオリジナルな教えと言っても良いでしょう。

    原始仏教は、日本で一般的に“仏教”と認識されている仏教とは少し異なります。日本の仏教は大乗仏教であり、ブッダが入滅してから600年後くらいにできた比較的新しい教えがベースとなっています。その中に皆さんにも馴染みのある浄土宗や曹洞宗、臨済宗などの宗派仏教があるという形になります。中国、韓国、日本を中心に広まった大乗仏教に対して、南方のスリランカ、タイ、ミャンマーで広まったのがテーラワーダ仏教(上座部仏教)で、基本的に個人が教えを守って修行して悟りを得るという考えです。一方、大乗仏教はみんなで願い、念じることで救われるという考えで、皆さんよくご存じの南無阿弥陀仏や南妙法蓮華経、般若心経などはすべて大乗仏教となります。

    以前、私は「仏教という宗教があり、宗派によってぜんぜん違うんだな」くらいの認識でした。しかし、「どうやらもっと大きな種別があるらしい、しかもブッダが説いたオリジナルの教えは、原始仏教(初期仏教)というらしく、テーラワーダ仏教(上座部仏教)がその流れを汲んでいるのか」「えっ、日本の仏教って直接ブッダが説いたものとは違うんだ」というようにどんどん興味が湧き上がってきました。そこから、原始仏教の入門書的な今枝由郎氏の『日常語訳ダンマパダ ブッダの〈真理の言葉〉』『日常語訳 新編スッタニパータ ブッダの〈智恵の言葉〉』にはじまり、中村元氏の『ブッダの言葉』や『原始仏典』、片山良一氏の『パーリ仏典入門』、三枝充悳氏の『初期仏教の思想』などの書物を読み進めていきました。

    すると、「あれ、なんだか今まで触れてきた仏教観と違うな。教えが実に明快だし、四聖諦や八正道ってずいぶん論理的に整理された秀逸な考え方だな」と思うようになり、原始仏教にハマっていきました。ちなみにパーリ仏典の訳本やダンマパダが日本に紹介されたのは1930年代。日本仏教の長い歴史からしてみればつい最近のことであり、まだまだ知らない人も多く、広まっていく余地も十分にあるのではないかと思われます。そして近年、Googleのマインドフルネスプログラム「サーチ・インサイド・ユアセルフ」を開発したチャディー・メン・タン氏が原始仏教の本を出していたり、仏教に造詣の深い古舘伊知郎さんも原始仏教を推し活していたりと、注目を浴びています。

    その原始仏教の中でも最古といわれるポピュラーな経典として、「ダンマパダ」があります。法句経とも言われますが、ブッダが語ったとされる教えがわかりやすく記されています。その中に、ひときわ目を引く一文があります。

「もろもろの道のうちでは〈八つの部分よりなる正しい道〉が最もすぐれている。もろもろの真理のうちでは〈四つの句〉(=四諦)がもっともすぐれている。もろもろの徳のうちでは〈情欲を離れること〉が最もすぐれている。人々のうちで〈眼ある人〉(=ブッダ)が最もすぐれている」(ダンマパダ 273)
(出典)中村元「ブッダの真理のことば(ダンマパダ)」(岩波文庫)

「最もすぐれている」と表されるこの教えは、一体どのようなものなのか、興味が湧き上がってきます。これはブッダが菩提樹の下で悟りを開いた後、最初に鹿野苑で5人の僧侶に説いた教え「初転法輪」(パーリ仏典 諦相応「転法輪の章)の中の「四聖諦」「中道(極端に偏らない)」及びその実践としての「八正道」だったとされます。つまり「四聖諦」と「八正道」は、ブッダの教えの起源、仏教の源で、最も優れた教えとされるものなのです。


3    「コンパッションの醸成」の必要性

    もう一つ原始仏教に触れることで良かったことが、コンパッションの醸成です。私は仕事において、サステナビリティやエシカル、ウェルビーイングをテーマとすることが多く、そういったプロジェクトに関わったり、記事を書いたりすることを通じて理解を深めてきました。ところがここ数年、サステナビリティやSDGsがやたらとマーケティング記号のように扱われるようになり、本当に自然のことや人々の幸福まで考えているのかな?    と思うようなビジネスやプロジェクトが目に余るようになりました。同時に、自分自身もしっかりやれているのかと自問自答することが多くなりました。「人々や地球環境のことを心から考えたビジネスやプロジェクトはどのようにしたら生まれるのか」。この問いに答えることになるのが“コンパッションの醸成”だと実感するようになりました。

「コンパッション」。オンラインサンガの皆さまはご存じの通り、日本語では慈悲と言われ、「何一つ分け隔てることなく、生きとし生けるものの幸福を願う心」です。人々のことを思ったり、地球環境や生物のことを真剣に考えたりするなら、そういった心を土台にしないと、真の実現には至りません。形だけの(ジャケットにSDGsバッチをつけるだけの…)空虚な取り組みになってしまう。コンパッションを醸成することで、本当に社会に必要とされる本質をついたSDGsやサステナビリティが生まれてくると思います。

    またAIの普及により、人間とAIが融合した新しいヒューマニティを考える必要が出てきたり、メタバースが一般化した際に予見される倫理観の希薄化に歯止めをかけたりすることも必要になるでしょう。ポリクライシスの中、人々がウェルビーイングを実現し、生き生きと仕事や生活ができる環境を整える必要もあります。つまり昨今ビジネス界で話題になることが多い「サステナビリティ」「エシカル」「ウェルビーイング」「AI」「メタバース」など、未来のビジネスを牽引する主要キーワードはすべて、コンパッションの醸成によって良い方向に成果を発揮するのではないかと考えることができるのです。




第2回    なぜ今、原始仏教とビジネスなのか②