同時代の仏教をめぐる様々な領域で活躍する人を通して知り、体験するインタビューシリーズ「今ここにある仏教」第1回、池田久代氏の第2回。実践者としての言葉を聞いた。
第2回 サンガを続けていく葛藤
●実践グループ「バンブーサンガ」の設立
──池田先生は日本のマインドフルネスの実践グループで最も長く続いている「バンブーサンガ」を立ち上げ運営されています。設立のきっかけは、1995年のティク・ナット・ハン師の来日でしょうか?
池田 はい、来日されたタイの仏教の教えに魅せられて、九五年にすぐに関西の女性五人でサンガを作りました。それが今のバンブーサンガです。このサンガが今日まで続いたのは一緒にタイの日本リトリートを手伝ったイギリス人のクリスティーン里がいたからです。彼女が年に1、2回帰国するときにイギリスのプラムヴィレッジのサンガに参加して、タイの教えやプラクティスを持ち帰ってくれました。
でも、一人を除いて最初の仲間がみんないなくなり、その後も、たくさんの人がサンガに集ってくれましたが、長くは続きませんでした。こんなに素晴らしい教えがあり、プラクティスもイギリス経由の正統なプラムヴィレッジ・スタイルでやっているのに、とサンガづくりという意味でとても落ち込んだ時期がありました。
取材はバンブーサンガの瞑想会の会場として使う機会も多いヨガ瞑想スクールの「ハルハウス」で行った。
●中国リトリート
当時は、お坊さんでもないただの英語教師が禅僧の教えを実践するサンガを主宰してもいいのか、仲間が次々に抜けていくけどこのまま続けていけるのか、などとたくさんの迷いがありました。それで思い立って休暇を取り、中国で開催されたタイの10日間のリトリートに参加しました。一九九九年のことです。そうしたら、そこに答えがありました。
リトリートは中国禅宗四大叢林の一つ、揚州(ようしゅう)の高旻寺(こうびんじ)が会場でした。タイの一行はこのリトリートの前に、中国の臨済禅の古刹(こさつ)を巡っていました。自分の親寺巡りみたいなものですね。
このリトリートに参加した日本人は、私とカトリックの在家信者の女性の二人だけでした。二人で北京から一行に合流することになっていましたが、アクシデントが起きてしまいました。なんと、二人の搭乗券がなかったのです。事前にフランスの事務局に費用を支払っていたのですが、なぜか「あなたたちの名前はありません、来たかったら自力で来てください」と言われたのです。
タイの一行は朝9時ごろのフライトで南京へ出発しました。私たちは中国語しか通じないなかで、苦労してやっと夕方発のフライトのチケットを取ることができ、南京に到着したのは夜八時ごろになっていました。そこでも英語が通じないなか、ヒルトンホテルのボーイさんが助けてくれてタクシーがチャーターでき、3、4時間かけて日付が変わる真夜中に高旻寺にたどり着きました。
──それは、大変でしたね。
池田 でもね、そういう試練に会いながら、みんなが助けてくれたので飛行機にもタクシーにもちゃんと乗れて、リトリート会場に着くことができました。
高旻寺は文化大革命でひどく破壊された伽藍の修復中でしたが、この復興中の古刹で、タイは悠然と交流されました。
リトリートには僧侶だけでなく、世界中から在家の人たちも来ていました。そこでシスター・アナベルや、インド人でタイのインドツアーのお世話をしていたシャンタム・セツ、今はアメリカで活躍していて日本にもよく来られる在家ダルマ・ティーチャーのペギーとラリー・ウォードさんともお会いしました。
──リトリートでは、どのようなことが行われましたか?
池田 シスター・アナベルが「アーナーパーナサティ・スッタ("The Sutra on the Full Awareness of Breathing"、安般守意経)」を解説し、中国のお坊さんによるダルマトーク(法話)もありました。そして、タイは英語で華厳経を噛み砕いて解説され、唯識の心の構造の講義もされました。タイの話は難しいのに、よく聴けたなあと思います。当時はわかりませんでしたが、一生懸命に取ったメモを後で見返したら、今日まで続くタイの教えの原点がそこにありました。
もちろんマインドフルネスの実践もしました。シスター・アナベルに「どうやってマインドフルネスを保ったらいいですか?」と質問したら、「お寺に10段ぐらいの階段があるので、気づきをもって階段を上ったり下りたりして練習してください」と言われました。
●サンガを続ける決意
世界各地からタイのお弟子さんや在家の仲間が集まるリトリートに参加して、その空気を吸いながら難しいなりに学んだことが動機付けになったのでしょう。たとえ一人や二人になってもサンガを続けたいと思いました。
タイは「やっているのはあなたですよ、座っているのはあなたですよ」と言われました。それまでは、今日はサンガに10人来てくれた、今日は二人しか来なかった、と一喜一憂していましたが、人数は関係ありませんでした。それが一番の勉強でした。この経験がなかったら、サンガを続けることに弱音を吐いていたかもしれません。
──中国リトリートに参加したことで、ここまでサンガを続けられた。
池田 本当にそうですね。リトリートには10日間参加して、最後にタイから五戒をいただきました。これは一番厳粛な気持ちになりました。
●順調に続くサンガ活動
──池田先生はティク・ナット・ハン師が指導されたリトリートに参加して、サンガの本質に触れることができたのですね。
池田 はい。でもね、幻でない現実の私が今ここにいて、気づいて座る時間があればそれでいいというのが本当にわかってきたのは、さらに一五年以上たってからです。
以前は人数が集まらなければサンガはできないと思っていましたが、そんなことは全く関係ありませんでした。一人で座っているように見えても、木があったら私は一人じゃない。木と一緒に座っている。そういうことが、だんだんと、わかってきました。
──その後は、サンガの活動は順調に続いたのですか?
池田 途中からは職場が遠くなったりして、なかなかサンガを開けない時期もありましたが、それでも続きました。その間、いろんな人が出たり入ったりして、助け助けられ、今のバンブーサンガに繋がっています。
バンブーサンガには、今まで日本とプラムヴィレッジで修行されたフランス人のブラザー道治、インド人の弟子のシャンタム・セツ、今はプラムヴィレッジの重鎮となられたシスター・ジーナも来日時に参加してくれました。それからシスター正念という盲目のアメリカ人の尼僧ともよく一緒に歩く瞑想をしました。サンガの歴史が長いので、たまたまプラムヴィレッジと縁のある方が来日された時にお呼びして、お話や瞑想指導をしてもらいました。それはバンブーサンガの誇りですね。
●私が深まると、サンガも深まる
それで、最後にわかったのは、えらい先生がいなくても大丈夫。先生は自分の中にいるということです。外から知識を教えてもらうのではなくて、一緒に座って自分を観る、自分に戻ることが、まさしくタイの言われるサンガの力と思いいたりました。
ですから、自分は仏教のことを何も知らないとか、レベルが高いとか低いとか、そんなことを思い悩んだり、なかなか人が来ないとボヤいたりする煩いから今はだんだん抜け出しているかなという感じですね。ここまでに、随分かかりましたが。
──座ることそのものに意味がある。
池田 そうです、価値があるのは、サンガと共に座ることだと思います。それはタイに教えていただいたことです。でも、普通の人はサンガに何かを求めて来るんですよね。それは当たり前のことです。私も10年も20年もずっと「学びたい、学びたい」できましたからね。
──確かに瞑想を始めるときは、何かを求めるのは仕方ない部分もあります。それが10年、20年とプラクティスを深めていくなかで、自然と落ちていく。
池田 はい、自分が深まらないとサンガは全く深まりません。長くやっていてよかったのは、ここに座って一緒に息をしていれば、それだけで素晴らしいことだということが腑に落ちてきたことです。私が深まることで、サンガも深まり、参加されたみなさんも「よかった」と言って帰っていくんですね。
それは、私自身が変わっていったから。外面的なことばかり気にして何かを作りたい、何かしたい、……と焦る。自分が作れるわけないのにね。そんな考えが抜けたからだと思います。
●ティク・ナット・ハンというお手本
──素晴らしい心境ですが、そこまでたどり着くこと自体が、なかなか難しいのではないですか。
池田 私はタイという生きたモデルがおられたからこそ続けられたし、教えを腑に落とすことができたのだと思います。本を読むだけでは無理でした。
自分のエゴとか頑(かたく)なさとかね、観念や思い込みは、このまま死ぬまで直らないですよ。でも、タイはそれに風穴をあけるようなことを教えてくださった。タイの言われるスペース(沈黙の空間)が少しながら感じられる気がします。ものを考えるのは当然必要だし、実際に考えますが、それだけで全てよしという世界から抜けられたということでしょうか。
今はサンガが一番大事ですね。オンライン瞑想会にも毎日出ています。全国の仲間ともZoomの画面上で知り合い、友達になりました。何よりサンガの中で発見があります。自分一人で座ってたら、それこそ妄念とか雑念の虜になります。でも、みんなでガイド・メディテーション(指示による瞑想)や歩く瞑想をするときは、私はただそこにいることができます。ただ座って、呼吸をずっと見守っています。
会場の一隅に飾られた『小説 ブッダ』(春秋社、2008)は池田久代氏の翻訳によるティク・ナット・ハンの代表作の一つで、ブッダの生涯が小説仕立てで描かれている。
インタビュー/撮影/ヘッダーイラスト/構成:森竹ひろこ(コマメ)
2023年1月20日、於:生駒宝山寺・ハルハウス
第1回 ティク・ナット・ハン師の教えとのめぐり会い、そして初来日
第3回 二つのエンゲージド・ブディズム
お話会を開催します!
この連載「今ここにある仏教」は、雑誌『サンガジャパンプラス』とウェブ媒体「Webサンガジャパン」で展開していきます。毎回聞き手を務めるのはサンガではおなじみのライターの森竹ひろこ(コマメ)さんです。
この連載は仏教瞑想やマインドフルネスの実践者である森竹さんが、今そのお話をお聞きしたい方をインタビューしていく企画です。毎回、魅力あふれる方々をお訪ねして、深く踏み込んだお話を伺っていきます。
森竹さんに描いていただいたマスコットは、お話をいっぱいお聞きした思いが詰まったマイク片手の「インタビューマメちゃん」です。
日程が決まりましたらこちらの欄でお知らせします!
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インタビュー全文は『サンガジャパンプラスVol.3 仏教で変わる!』に掲載しています。
プラムヴィレッジのシスター・チャイと翻訳家の島田啓介さんの対談も掲載!
『サンガジャパンプラスVol.3 仏教で変わる!』発売中
(https://amzn.asia/d/fAYbmQ3)『サンガジャパンプラスVol.3 仏教で変わる!掲載記事一覧
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武井浩三×湯川鶴章「Web 3から創る、多様でマインドフルな時代の可能性」
◆連載
松本紹圭「Post-religion 対談[第3回]山と祖先 ゲスト 春山慶彦」
森竹ひろこ(コマメ)「インタビューシリーズ 今ここにある仏教[第1回]ティク・ナット・ハンを日本に伝え続ける実践と両輪の翻訳者——池田久代」
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