内田樹


仏教によって描かれる新しい社会のかたちは、思想家・武道家である内田樹氏がかねてから提唱している「コモン」の感覚抜きには語れないものだろう。今の時代に仏教に何ができるのか、その可能性を、サンガ新社代表の佐藤由樹が、内田樹氏が館長を務める凱風館を訪れうかがった。


第4回    ベースはグローバル・コミュニケーション


■隣町でも海外でも発信の労力は同じ

    今はオンラインなら日本国内向けであろうと世界向けであろうと、まったく技術的な手間は変わらなくなりました。「世界向けて発信」ということが日常的にできるようになったわけです。ですから、「ある情報を発信している人」と「その情報を受信したがっている人」のマッチングができれば、きわめて濃密で、生産的なグローバル・コミュニケーションのプラットフォームが出来上がったと言えると思います。

    僕は「凱風館寺子屋ゼミ」という演習型の授業をやっています。もともとは大学院でやっていた社会人対象のゼミだったんですけれども、それを在職中に10年近く続けて、退職後も受講生たちが「続けてほしい」と言ってきたので、凱風館が完成してから、道場に座卓を並べて「寺子屋ゼミ」という名前で継続しています。凱風館ができて10年ですから、大学時代から数えると20年近くになります。
    コロナ禍以降は、密集を避けるためにオンラインでも開講していて、このところは凱風館に集まるのは10人くらいで、後の30人くらいはリモートでの参加です。2020年には中国の武漢やローマにも受講生がいました。武漢の受講生からは現地でのコロナの話を直接聞くことができました。こういうのはオンラインならではですね。
    また、2020年にはバンコクに行って、現地在住の日本の方を相手に講演をする予定だったのが、コロナ禍で飛行機が飛ばなくなって中止になりました。その企画をしてくれた人たちがオンラインでいいから講演をしてほしいと言ってきたので、去年から定期的に「バンコク・オンライン」というリモート授業をやっています。対象は現地の中高生です。バンコクとだと時差が2時間あるだけで、音声も明瞭だし、画像も解像度が高いので、国内向けのオンラインゼミと別に変わりがありません。

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神戸市東灘区にある凱風館。もともとはここだけで寺子屋ゼミを開講していた。
■今こそ世界中に発信するチャンス

    それにしても、海外に向けて学術情報を発信するのがこんなに簡単になったのはやはり驚嘆すべきことだと思います。もちろん、国際的なコミュニケーションのネットワークは技術的にはずっと前から存在していたわけですけれども、こんなにカジュアルなものになって、誰でも使えるようになったのはコロナのおかげですね。
    以前も海外の大学と合同でシンポジウムやゼミをやるというようなことはあったわけですけれども、技術的にたいへん手間がかかった。とても個人でできるような仕事じゃなかったし、それに基本的に国際的な学術活動は英語ベースでしたから、一回やるだけで教員も学生もみんなぐったり疲れ切って、定期的に毎週やるなんてことはとても不可能だった。でも、それがとても簡単にできるようになった。それは技術的に改良されたということだけでなく、「日本語ベース」でかまわないということになったからです。
    それを気づかせてくれたのは京都精華大学のウスビ・サコ学長です。前にお話したときに、「今がグローバルに発信するチャンスだ」と教えられて、びっくりしました。でも、考えたらそうなんです。国内向けに発信するのと海外向けに発信するのと、手間が同じになった。「これを好機として世界に向けて発信すればいい」とサコ学長に言われて、本当にその通りだと思いました。

世界の日本語学習者に向けて

    サコ学長には「英語ベースにこだわることはない」とも教えられました。たしかに、そうなんです。つい海外に向けて発信するというと「国際共通語でなければならない」というふうに考えがちですけれども、考えてみたら、世界中に日本語話者、日本語学習者は何十万、もしかしたら何百万という単位でいるわけです。その中には「大学や大学院レベルの授業を日本語で聞きたい」と思っている人がいる。その人たち対象にして発信すればいい、と。たしかに、日本人でも「ハーバード大学の英語で行われる授業がオンラインで聞ける」と知ったら喜ぶ人がいくらもいますけれど、それを逆転すればいいわけです。
    問題は、「日本語で大学・大学院レベルの授業をしていますけれど、オンラインで受講できます」という情報がどれくらい告知されるかということだけです。そのマッチングができれば、日本語で学術情報を発信する絶好の機会になる。そのサコ学長の言葉は本当に「目からウロコ」でした。そのすぐ後にバンコクから話がきたので「やりましょう!」ということになりました。10年前から毎年韓国に講演旅行に行っていました。コロナで訪韓は中止になりましたが、オンラインでは継続しています。大学の学部・大学院レベルの講義でも、日本語話者・日本語学習者対象に行うか、優秀な同時通訳者がいてくれたら、神戸の自宅の書斎から、「世界に向けて」発信できることがよくわかりました。

■アクセシビリティが大事

    でも、これをいきなりビジネスにするのは難しいと思います。とりあえずこういう形で日本語ベースで海外に向けて学術情報が発信されているということを周知することが第一だと思います。
    僕のオンライン授業は寺子屋ゼミもバンコク・オンラインも韓国のリモート講演も課金されていますけれども、最初は課金しないで、オープンにしたほうがいいと思います。そのうちに受信した人たちから「もっと詳しくこれについて知りたい」とか、「この人の話が面白かったんでこの人の書いた本を読みたい」とかいうことになったら、それからビジネスにすることを考えたらいい。今はまずこういうグローバルなコミュニケーション・プラットフォームがあるということを周知させることが最優先だろうと思います。サンガ新社さんも国内市場だけではなく、世界を目指すほうが、やりがいがあるんじゃないですか。

(つづく)

2021年9月16日    兵庫県・凱風館にて
インタビュー:佐藤由樹(サンガ新社)
構成:川松佳緒里
撮影:フジムラヨシヒロ


第3回    日本仏教の独自性
第5回    世界に向けて発信する意義