トリスタン・ハリス


〔翻訳〕
木蔵(ぼくら)シャフェ君子Wisdom2.0Japan 共同創立者 )


第3話


新たなパラダイムのために

「人々が望むものを提供するために」と、私たちは常にモラル・パニックを起こしてきました。「どんな犠牲を払ってでも成長しろ」「自分たちには善悪を選ぶ権利はないのだ」と。
    そしてその結果、デジタルには落とし穴ができたのです。
「どんな問題も、それを生み出したのと同レベルの考え方では解決できない」というのはアインシュタインの言葉です。
    私たちがパラダイムをアップグレードするには何が必要なのか、ドネラ・メドウズは著書で「古いパラダイムの異常や失敗を指摘し続け、新しいパラダイムを確信を持って声高に主張し続け、新しいパラダイムを持つ人々を世間の目に触れる場所や権力を持つ人々のいる場所に送り込むのだ」と著書いています。素晴らしい言葉だと思います。

人間の脆弱性を尊重したテクノロジー

    先ほどリストアップした信念に代わる新しい信念とは何でしょうか?    たとえば「ユーザーが望むものを与える」のではなく、「人間の脆弱性という観点から、人間の心には限界があり、偏りがあり、脆弱で、盲点がある」と考えたらどうでしょう。
    たとえば私たちが持つ確証バイアスを考慮した設計をする。確証バイアスがあることを前提とすれば、それに対応できるデザインができます。電話番号が7桁である理由の1つは覚えられるようにするため、クレジットカードの番号が16桁なのは覚えられないようにするためです。
    人間の心の働きをシンプルに洞察すると、人間の脆弱性を尊重するデザインが可能になる。これこそが人間的であることを実現する最も深いやり方です。
「どんな技術にも良い面と悪い面がある」と言う代わりに、「どんな技術にも取り返しのつかない悪い面、悪影響がある」ことを認めましょう。確証バイアスによって、私たちは真実を見失い、思考のるつぼに引きずり込まれています。ですからそれを最小化する技術と、そのためのインセンティブを積極的に作るべきです。
「パーソナライズされたコンテンツを最大化する」代わりに、「共通理解を生み出す」ようなデザインを試みましょう。
「テクノロジーは中立である」と言う代わりに、公平と正義を積極的に支援しましょう。
ネット上のプラットフォームは公平なコンテンツや正義を貫くコンテンツを嫌います。公平と正義を尊重し、主張したがために、嫌がらせを受けたり疎外されている人たちが世界には大勢います。ミャンマーやエチオピアではテクノロジーが「分断を生むマシーン」として最悪の面を露呈しました。
    私たちは、「誰に選ぶ権利があるのか?」と言うのではなく、物事がどのように機能するかを決定するときに、自分が価値観に基づいて意識的に選択していることを認識しましょう。そして、成長の指標、測定の指標にこだわるのではなく、人々が成長するのを助けるのです。

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    私がエグゼクティブディレクターを務めているCenter for Humane Technology(センター・フォー・ヒューメイン・テクノロジー:CHT)では、今挙げた1つ1つについて詳しく学ぶことができる「Foundations of Humane Technology(人間的テクノロジーの基礎)」というコースを無料で提供しています。

    無料で提供できているのはNHTを支援し、寄付してくださる方々のおかげです。


人間性を尊重するテクノロジスト教育

    私は不正コンテンツの監視員を増やしたいわけではありあません。コンテンツに制限をかけたいわけでもありません。そうではなく、これらの問題を根本から解決するために、共通の理解、共通の新たなベースラインを作りたいのです。
「Foundations of Humane Technology(人間的テクノロジーの基礎)」は、テクノロジー業界で働いている人、またはテクノロジー業界に知り合いがいる人であれば誰でも無料で参加することができます。皆さんもぜひ受講してみてください。
    受講者にはAppleやSnapchat、TikTokの方もいます。大企業や大学、国連からも受講者がいます。

    私たちの目標はこのコースを通じて人間味あふれるテクノロジストを10万人輩出することです。人間味あふれるテクノロジストであれば、インフルエンサーが利益を得られるシステムではなく、叡智のモデル化やニュアンスのある思考に報酬を与えるシステムを作ることでしょう。テクノロジーを設計するときに、人間の弱さを尊重することで、これまでとは違った結果が得られることでしょう。

    皆さんが企業で仕事をしている昼間、同僚とこういう問題について話をするのは非常に難しいことではありませんか? 私自身もGoogleに勤めていた時にこういった発言をすることで孤立しました。Googleに限らず、他の企業でもビジネスモデルに真っ向から対立するわけですから、こういう問題を職場で議論するのはたいへん難儀なのです。
    しかしこのプログラムに参加すれば、同じような疑問を持つ仲間が集うことができます。同じ考えを持つ仲間とのコミュニティーは非常に大切です。

人間の叡智とは

    叡智(wisdom)とはとは自分の限界を知ることです。自分の心を覗いて、自分がどのように機能しているかを理解してください。
    叡智(wisdom)とは白か黒かではありません。それを超えて考えることです。
    ジョン・ペリー・バーロウ(John Perry Barlow)は「他人の信念・価値観はその人にとってそれほど大事なものではないだろうと勝手に判断してはならぬ」という名言を残しました。
    他人がなぜそのような価値観を持っているのかその理由を理解しようとすることで、ウィズダムギャップ(wisdom gap)をなくしていけます。
    叡智(wisdom)とは、自己欺瞞に立ち向かうことです。バイロン・ケイティのワークでは、「その思考がなかったらあなたはどうなりますか?」という深い問いから自分自身と本当に向き合うためのプロセスが始まります。そうすることで、ウィズダムギャップ(wisdom gap)を埋めることができるのです。
    叡智(wisdom)とは知らないことを知ることです。もしCOVIDについて世界の人々が本当に知っていることだけを、世界に貢献できると思うことだけを話すという原則で動いたなら、世界はどれほど変わっていたことでしょうか。
    叡智(wisdom)とはシステムや根本原因を見抜くことです。 問題の表象を追い求めるのではなく、システムや根本的な原因を追い求めるのです。
    叡智(wisdom)とは「今あるもの」に寄り添うことです。

    危機が高まる世界のなかで、私たちが幸せで健康であるために、そして繁栄するために、Wisdom2.0はこの瞬間に生きるために必要な知恵をいろいろと検証しているところだと思います。今はとても困難な時代です。ですから私はこのコミュニティーに貢献できることをたいへん嬉しく思っています。

なぜ希望を持つべきなのか

    希望を持つのが難しい時代です。 厳しい世の中です。非常に混沌としていています。今後もますます乱気流は続くことでしょう。
    しかし希望は持つべきです。
    2013年2月、私はGoogleで、「注意の散漫を最小限に抑え、ユーザーの注意を尊重するための呼びかけ(a call to minimize distraction and respect users’ attention)」というプレゼンをしました。
    しかしその後の3年間で、私は何ひとつ変えることができませんでした。これだけ大きな問題なのだから変えなければならない。しかしいくらそう思っても現実が変わることはないのだ。そう絶望して諦めていたのです。
    しかしその後、驚くようなことが起きました。
    アメリカの人気報道番組60ミニッツが、予想外に、私が提唱した「Race to the bottom of the brain stem(誰が一番脳の奥まで進めるかという競争)」という言葉取り上げたのです。

    バーチャルリアリティ分野の創始者ジャロン・ラニアー(Jaron Zepel Lanier)や『監視資本主義』(東洋経済新報社)の著者ショシャナ・ズボフ(Shoshana Zuboff)、『フィルターバブル』(早川書房)の著者イーライ・パリサー(Eli Pariser)も賛同してくれたことで、それはさらに大きな反響を呼びました。

変わりゆくGoogle、Apple、Facebook

    オンラインマガジン”The Verge”は「Time Well Spentは正しかった」と書きました。”Time well spent "とは私たちの初期のプロジェクトです。
    私たちはFacebookも巻き込み始めました。2018年、Facebookは目標を「世界をよりオープンでつながったものにする」から「人々が時間をうまく使えるようにすること」に変えたのです。ソフィー・ジャン(Sophie Zhang)という内部告発者が出たこともあり、さらに変化は勢いを増しています。
    AppleやGoogleもスクリーンタイム機能を搭載し始めました。人間の集中力に関連する機能がさまざまな場所に追加されるようになったのです。Apple はこのポジティブな方向転換を行うことのできる存在感のある企業のひとつです。今後もさらに多くのことを行ってくれることを期待します。
    今年はフランシス・ホーゲン(Frances Haugen)もこの分野にインパクトを与えました。彼女のレポートの影響で、Instagramでも同様の変化が始まり、彼女の告発以来Facebookの株価は半分に下がりました。
    Facebookの株価が半減するなんて、昔の私なら到底信じられなかったでしょう。しかし実際にFacebookのユーザー数の伸びは鈍化しています。
    Facebookと言えば、ソーシャルメディアのエンゲージメントとアテンションを吸い取る機械のようなもの。私はFacebookという会社ではなくより広い意味でこのようなビジネスモデルはもう先細りだと言いたいのです。皆、目的意識を持ち、それに沿って経営されている会社で働きたいのです。

    先日の大統領演説でフランシス・ホーゲンは表彰されスタンディングオベーションを受けました。
    私自身、映画「監視資本主義」が190カ国、30言語で1億人に見てもらえるなんて思ってもみませんでした。
    皆さんがWisdom2.0のセッションを聴きに来ているのも「どうすればテクノロジーに関わりながら、目的にかなった叡智や自己認識を得られるか」を探しているからではないでしょうか。

    複雑性のギャップを埋めるために、皆で一緒に努力していきましょう。
    もしこれがエドワード・オズボーン・ウィルソン(Edward Osborne Wilson:社会生物学、生物多様性の研究者)の問題提起だとしたら「旧石器時代のままの感情を受け入れ、中世のままの制度をアップグレードし、できれば神のようなテクノロジーを使いこなすための叡智を持っていること」が1つの解決策になるでしょう。
    ありがとうございました。

(完)

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2022年4月7日    Wisdom2.0 San Francisco現地会場&ライブストリームにて開催
翻訳    木蔵シャフェ君子
構成    中田亜希


Wisdom2.0サンフランシスコ記事一覧


第1回 ジョン・カバット・ジン


第2回 シェリー・ティギェルスキー
第3回 ポール・ホーケン
第4回 トリスタン・ハリス

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