トリスタン・ハリス


〔翻訳〕
木蔵(ぼくら)シャフェ君子Wisdom2.0Japan 共同創立者 )


第2話


それは真実なのか、真実に基づいているのか、真実を表しているのか

    ここまでの説明で、私たち人間の現在をおわかりいただけたかと思います。
    私たちが目指すのは「1つの言語ごとに1万人のコンテンツモデレーター(不正コンテンツをチェックする人)を雇って、誤った情報をモグラ叩きのように削除していくこと」ではありません。
    それでは不十分です。我々が直面している問題を包括するメタな視点が必要なのです。
    たとえば、ファクト・チェック(事実確認)。これも解決策の1つです。
    皆さんはGPT-3(Generative Pre-trained Transformer 3)という新技術を知っていますか?    ご存知の方は挙手してください。15人くらいですね。
    GPT-3とは高性能な言語モデルです。たとえばGPT-3に「m-RNAワクチンがなぜ安全ではないのかについて、実際に死亡した人々のファクトと統計を引用し、安全だと言っていた学者たちの既得権益に関する記述も含めて20ページの研究論文を書くように」と命令すると、GPT-3はそのような論文をすぐに生成することができます。(これは単なる一例です。私はワクチンに賛成でも反対でもありません。)
    インターネットでは、本当の事実をつなぎ合わせて、あたかも別の事実のように発信されることが日常茶飯事です。プロパガンダでは部分的な真実を誇大化して誤った形で発信し、それが現実の大部分を代表しているかのように表現されているのです。
    二極分化が進む状況ではこうした物言いに引きずられないようにする知恵が必要です。
    マスクやワクチン、ソーシャルメディアは心の断層を発見し、社会における小さな分裂の断層を拡大させ、それを表面化させました。
    我々は深く考え、世界を理解することが必要です。「それは本当なのか、嘘なのか」と問うのではなく、「それは真実なのか、真実に基づいているのか、真実を表しているか」と問うべきなのです。

パーセプション・ギャップ(認識のズレ)が起こす分断

    パーセプション・ギャップについてご存知の方はいらっしゃいますか?    ほとんどいませんね。これは「More in Common」という組織が発案した概念です。
    たとえばあなたが「アメリカ人のうち何人が人種差別主義者か」を知りたいとしましょう。それを正確に測ることは非常に難しいことです。
    では、共和党員と民主党員に「今もアメリカでは人種差別が問題であると思いますか?」とアンケートを取ってみることにしましょう。それならできますね。その結果示される「民主党員が頭で考えている『共和党員の人種差別を問題視する割合』」と、「実際に人種差別を問題視している共和党員の割合」との差がパーセプション・ギャップです。実際にこの質問を民主党員に投げかけると「25%くらいだろう」という回答が得られました。しかし「実際に人種差別を問題視している共和党員の割合」は約70%だったのです。また逆に共和党員に「民主党の何パーセントがLGBTQか」を訪ねると、「36%がLGBTQだろう」という答えが返ってきました。しかし、実際に民主党員でLTBTQである人の割合は6%。これがパーセプションギャップです。

極端なステレオタイプに歪められる世界

    世の中には極端な意見が蔓延しています。私たちはいびつな鏡に映し出されているのです。
    世界のなかででツイッターを使っている人はごくわずかです。しかしツイッターユーザーは非常に活発に発言をし、しかも極端な意見を持つ人ほどツイートする回数が多い傾向があります。一方で思慮深い人はあまりツイートしません。
    また、ツイッターでは過激なことを言ったほうが拡散されがちです。穏健派は極端なことは言いません。
    つまり私たちは、社会における極端な意見を過剰に見聞きするという歪んだ状況下にいるのです。

「More in Common」は「ソーシャルメディアを使えば使うほど、相手の考えを正しく推察することができなくなる」と言っています。「それは逆では?」と不思議に思いませんか?    私たちはSNSのタイムラインを追いかければ追いかけるほど世の中のこと、他人のことがわかるはずだと思っています。しかし本当は逆なのです。
    私たちは極端な意見や相手側のステレオタイプな意見に触れた瞬間に、「それが真実なのだ」と簡単に信じてしまいます。まるでコンピューターウィルスがインストールされているようなものです。
    今の私の説明を聞いても、皆さんの考えはそう簡単には変わりませんよね。
    それほど私たちは歪んだ鏡の中に固く閉じ込められているのです。

「その思考がなかったら」から浮かぶ本当のアイデンティティ

    私はバイロン・ケイティー(Byron Katie)の本が好きで愛読しています。皆さんも読んだことがあるかもしれません。バイロンの「ワーク」がパワフルなのは、「その思考がなかったらあなたはどうなりますか?」という根本的な問いかけをしてくる点です。「その思考がなかったら何を感じますか?」でも「その思考がなかったら何が違いますか?」でもなく、「その思考がなかったら、あなたはどうなっていただろうか?」というアイデンティティレベルの問いかけなのです。
    SNSで見ているものが現実だと信じ、社会は怒りと分断とナルシシズムに満ちているのだと認識し、人間の本質は卑しいのだ、私たちはケチでナルシストで、偏執狂で中毒者なのだと理解する。私たちのアイデンティティは今、非常に混乱しています。
    本当に人間の本質がそういうものであるなら、私はこの仕事をやっていません。今のこの状況を変えることができるはずだとも思わないでしょう。
    皆さんがWisdom2.0に足を運んでくださっているのも、人間の本来の姿がソーシャルメディアで見られる歪んだ姿とは違うのだと思っているからではないでしょうか?

希望をもたらす深い自己理解

「もしソーシャルメディアという動機付けがなかったら、私たちは何者であるか?」と私は皆さんに問いたいと思います。
    このアイデンティティレベルの問いかけから、私たちは異なる未来を手に入れることができるのです。
    しかし、それには深い自己理解が必要です。
    叡智(wisdom)とは、自分の限界を知ることです。叡智とはシステム思考でもあります。システムとして見ること、システムとして考えること、システムがどのように機能しているか、歯車がどのように動いているかを知ること、システム内のフィードバックループはどうなっているかを知ること。
    思想家でありシステム思考の第一人者でもあるドネラ・メドウズ(Donella Meadows)は『世界はシステムで動く』(英治出版)という本を書きました。

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『世界はシステムで動く』(英治出版)

問題を発生させているパラダイムは何か

    ドネラ・メドウズには「12のレバレッジポイント」という素晴らしいエッセイも書いています。これはどのようにシステムに介入し、システムを変化させることができるのかを研究してまとめたエッセイです。
    ソーシャルメディアとの関わり方を考えるとき、このエッセイがとても参考になります。
    12のレバレッジポイントのなかで最も深いものは「問題を発生させているパラダイムを超越する力」です。
    私たちをここに至らしめたパラダイムとはいったい何でしょうか?    「注目とエンゲージメントの最大化」でしょうか?    それももちろんですが、「ビジネスモデル全体が問題である」と私は言いたいのです。

    皆さんのなかには大手ハイテク企業で働いている方もいらっしゃるでしょう。ハイテク業界で信じられている共通の信念をリストアップしてみたいと思います。

• 我々はユーザーが望むものを提供する
• どんな技術にも良い面と悪い面がある。
• 我々は常にモラル・パニック(moral panic)を起こしてきた。テレビ、ラジオ、ビデオゲームに、エルヴィスが腰を振ったことなどについて。
• パーソナライズされたコンテンツを最大化する必要がある。
• テクノロジーは中立である。
• 誰に選ぶ権利があるのか? 何が人々にとって良いことか、何が真実なのかを選ぶ権利は我々にはない。
• 私たちは何としても成長しなければならない。指標にこだわり常に成果を測定すべきである。
• 我々は注目を集めなければならない。

    別に非難しているわけではありません。シリコンバレーで仕事をしている人たちがどのように考えているかを率直に見てリストアップしただけです。皆、こういうことを考えて技術をデザインしていますよね。
    もしこれをデザイナーの脳に詰め込めば、情報過多、中毒的な使用、ナルシシズム、フェイクニュース、分断といった問題が発生するシステムが自ずと生まれることでしょう。

(第3回につづく)
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2022年4月7日    Wisdom2.0 San Francisco現地会場&ライブストリームにて開催
翻訳    木蔵シャフェ君子
構成    中田亜希

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第1回 ジョン・カバット・ジン

第2回 シェリー・ティギェルスキー 第3回 ポール・ホーケン 第4回 トリスタン・ハリス

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